名前のない手紙


日常の何かが変わったわけじゃない。ただ、心が、少しだけ軽くなった気がした。


けれど、やっぱりわたしに平穏は訪れない。


朝、郵便受けを覗いて衝撃。新聞や広告と一緒に入っていたのは、一枚のはがき。宛名は書いてあるけど、名前も住所もない、誰から来たのか分からないはがき。でも、一瞬で分かった。込み上げてくる感情を抑え、はがきを鞄にしまった。


大阪に来る前、弟の悠紀と約束をした。悠紀はお父さんと一緒に東京に残り、わたしはお母さんと一緒に大阪。両親が離婚をしても、わたしと悠紀は兄弟だし、お父さんだってわたしのお父さんだから。悠紀やお父さんと一切の連絡手段を断ったお母さんに内緒で、まだ携帯を持っていなかった悠紀と、手紙の約束をした。


『母さんには内緒で、手紙を送るから。』


わたしより年下なくせに、弱いわたしより全然役に立つ。頼りになる弟だった。


「舞、おはよう!」
「おおはよう、早苗ちゃん。あ、一氏くんも、おおおおはよう!」


朝練のため着替えてから、部室でみんなに会って、頭を下げた。昨日あんなことがあったから、少し照れ臭かったけど。一氏くんは容赦なく、頭を叩いてきた。


「挨拶で噛むとかありえへんわカス!」


そんなことを言われても、悲しくならないのは、きっと昨日のことがあるから。相変わらず一氏くんはわたしにおはようを言ってくれることはないけど、なんだか心がぽかぽかした。


「ほな、今日も頑張るでー!」


みんなが出て行った後、わたしと早苗ちゃんはテーブルに座って今日の担当の確認。わたしは昨日ドリンクと掃除だったから、今日はタオルと部日誌。それから備品確認(ボールの個数かぞえたり)とかコート整備は二人でやる。マネージャー業も板に付いてきて、みんなを裏方から支えられることに誇りも感じてきた。


でも、今日だけは見逃してください、と内心謝罪をしながら、鞄を開けた。早苗ちゃんはさっさとドリンクを作りに行って、部室にはわたし一人が残った。そこでさっきの悠紀からのはがきを取り出した。


『元気ですか。』


二、三ヶ月会ってないだけで、随分遠い昔な気がした。悠紀はいつだって、弱いわたしを支えてくれていたから。


『母さんとの暮らしはうまくやってる?俺らは全然だめ。女手がないって、すごい大変。メシも洗濯も、父さんと交代でやってるけど、やっぱりうまくいきません。』


昔わたしも暮らしていた東京の家で、悠紀やお父さんが頑張ってご飯作ったりしてる姿を想像すると、少し笑えた。


『部活はまあまあうまくいってます。やっぱりサッカー部ってモテるね。』


悠紀は一年からずっとサッカー部。今年三年生だから、今年こそは都大会でいいところまで行ってほしいな。去年みたいに試合見に行ったり出来ないけど、応援はしてる。


『姉ちゃんは、少しは強くなった?東京にはいつ戻れそう?』


わたしの気持ちは大阪と東京を行ったり来たりしている。やっと早苗ちゃんみたいな友達や、部活仲間もできて、一氏くんとも少しは仲良く出来そうで。でも、


『この間、高等部から菊丸先輩が来て、姉ちゃんのこと聞いてきたよ。はぐらかしといたけど。とりあえず、落ち着いたら一旦東京帰ってきてよね。』


なのに、やっぱり菊丸くんはわたしの心を東京に引き付ける。わたしの居場所は東京にはないのに、どうしようもなく、戻りたくなる。でも、大阪にだっていたい。やっと見付けた居場所だったから。


「おまえ、何してんねん。」


はっ、として手紙から顔を上げると、一氏くんが怪訝そうにわたしを見ていた。慌ててはがきを鞄にしまう。


「……部活、始まっとるけど。」
「う、うん。今行く…」


怪しまれたかな。彼を見ると、罪悪感に苛まれる。だって、きついことを言うくせに優しくて。なのにわたしの気持ちは東京にあるから。一氏くんの目が見れなくて、顔をそらしたまま、わたしは部室を出た。


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弟設定は初っ端から決めてましたが名前はテキトーに今決めました
変換有りにしようか迷いましたが、やっぱり面倒だったので固定で
さて、設定事項を更新せねば

2012.03.07


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