射貫く見透かす熱視線


道頓堀、という町(駅はなんば駅っていうんだって、小春ちゃんいわく)まで来ると、わたしの住んでいる住宅街とは比べものにならないくらい人で混んでいた。そしてあの有名な両手を上げる彼、グリコネオンを間近で見てしまってものすごく感動した。大阪には毎年来ていたとは言え、家から出るとしても近所のスーパーくらいで、こんな賑わった商店街なんて来たことない。人混みではぐれないように小春ちゃんのラケットバッグのストラップ部分を持たせてもらった。


「おっちゃん!いつものタコ焼きや!」


タコ焼き屋さんに着くとすぐに遠山くんが店員さんに注文しに行き、わたしは小春ちゃんについて丸テーブルについた。タコ焼き屋さんってこうなってるんだ。きょろきょろと見回していると、隣からぷっと小さく噴き出す声がして、はっとして見ると、ピアスの彼。な、なんで!気付かないうちにわたしは初対面の人の隣に座っていた。ちなみに、まだ自己紹介しあっていないから名前も分からないのだけど。あわあわしていると、ピアスくんはわたしの顔を覗き込んできた。


「なっ、なっ、なななんですかっ!」
「相変わらず吃りすぎっすよ、迷子女。」
「…え?」
「お久しぶりっすね」


ちょ、ちょっと待とう。って言うかちょっと待って。口端を上げてニヤリと笑ってみせる彼。残念だけど、わたしの記憶にこんな人はいません。小春ちゃんに助けを求めようとしても、一氏くんと喋ってて無理そう。こわっ!初対面こわっ!


「ひ、ひとち、がいじゃ…」
「やって自分、小春先輩んちの隣の女やろ?」


ヒィッ!な、なんで知ってるの、この人!もうやだこわいこわいこわいこわい。わたしはピアスくんとは逆隣に座っている小春ちゃんの制服の袖を引っ張った。


「ん?あ、光、舞ちゃんのこといじめんといてや。この子ほんまに人見知り激しくて…」
「やって俺のこと忘れてんやもん、この女。俺は覚えとんのに一方的に忘れられるとか気にくわん。」


わたしこんなピアス多い人と知り合った覚えない!しかも、わたしが大阪にいたことなんて滅多にないから、ココでは小春ちゃん以外と関わったことなんてなかった、はず。いつも家にこもってたし。小春ちゃんに、知り合いなん?って聞かれたからぶんぶんと首を横に振った。そしたらピアスくんはチッと舌打ちをした。ヒィッ!


「財前、弥栄さん怖がってるやないか。」


財前、と呼ばれたピアスくんの隣に座る白石くんが口を挟んだ。今日の主役は白石くんなのに、申し訳ない。


「なんで光は舞ちゃんのこと知っとるん?」
「あー、昔近所の公園で迷子になっとったこの女見つけて、家まで送ったんすよ。したら小春先輩の隣んちでびびった。」
「ままま迷子?わた、わたしが?」
「おん、あんたが。」


聞けば聞くほどわからなくなっていく。わたし、迷子になったことなんて…あったっけ?


「スーパーにお使い頼まれたー言っとりましたね。ほんまに覚えてないんすか?あーあー、あないに泣きじゃくっとったから俺がせっかく送ってやったんになぁ」


…そんなこともあった気がする。おばあちゃんにお使い頼まれて、近くのスーパーに行ったら帰りに道に迷って、わんわん泣いてたら目つきの悪い黒髪少年がやってきて、さらに泣いたら頭はたかれて、家どこかって聞かれて、お母さんに書いてもらった簡易地図のメモ紙を見せて、送ってもらった。


「あっあっあのときの!」
「あ、思い出したん?」
「でででも、あの男の子はピアスなんて…」
「あんときはまだ開けてなかったんすよ。」
「そそうなんだ…」


そっか、あの男の子、財前くんっていったんだね。こんなところで再会するとは思わなかった。なんだか不思議だ。


「あ、せや!白石プレゼント!」


声にハッと我に返ると、一氏くんがかばんからDVDのようなもの(あ、よく見れば普通にDVDでした)を白石くんに渡していた。小春ちゃんも大きな紙袋を白石くんに渡す。


「早苗ちゃんと使ってな?」
「お、おん…またか」


小春ちゃんが紙袋を渡すと、早苗ちゃんが真っ赤になって固まっていた。彼女が恥ずかしくなってしまうようなものなのかな?


「小春ちゃん、なにあげたの?」
「舞ちゃんにはまだ早いわぁ〜」


わたしにはまだ早い?なんだろう。予想もつかない。けれどそんなことよりも、


「わたし、プレゼント準備してない…」
「あぁ〜、しゃあないわ。やって知らへんかったやろ?」
「だけど…」


わたしだって、何かあげたかった。せっかくみんなと仲良くなれたのに、やっぱり疎外感がついてまわる。しょうがないけど。しょうがないことだけど。でも


「やったら、今日買ってくれば?」
「珍しいな、早苗がそんなん言うなんて。いつも他の女からの誕プレなんて渡さへん!っちゅーて意気込んどんのに。」


けらけら笑いながら一氏くんが言うと、早苗ちゃんは照れ隠しに一氏くんの肩をバシッと叩き、マネすなハゲと言っていた。なんだろう。早苗ちゃんの隣にはちゃんと白石くんがいるのに、一氏くんと早苗ちゃんの二人の雰囲気が、なんて言うのかな、すごく穏やかで、ほほえましくて。そういえば、早苗ちゃんも白石くんの前では見せない安心しきった表情を、一氏くんの前では見せている気がする。白石くんだけじゃなくて、早苗ちゃんはその安心しきった表情を一氏くんの前でしか表に出してない。一氏くんだってもちろん、早苗ちゃん以外には絶対しないような、その表情。疎外感?これはそんなあまい感情じゃない。あ、あれ?おかしいな。何もないのにすごくどきどきしてる。胸騒ぎ、みたいな。


わたしが今どんな表情をしているのか分からないけど。横から鋭い視線を感じて視線を上げれば、財前くんの射貫くような見透かすような真っすぐな瞳とかちあった。思わず反射的に顔を背けた。見られてた?わたしが一氏くんと早苗ちゃんを見ているのを、見られてた?


「やって、舞は白石の友達やろ?そこらの言い寄ってくる女とちゃうやん。」


わたし、白石くんの友達になれてるって。うれしくて、さっきのどきどきがおさまっていく。ふー、と小さく息をついて顔を上げた。


「じゃ、じゃあ、今日買ってくる!」
「せやったら俺も行きます。」


隣で、思わぬ発言。え、と小さく声がもれた。な、なんで


「俺もまだプレゼント買っとらんので。それにまた迷子なったら困るやろ?」


彼は簡単にそう言ったけど、わたしの心中は穏やかじゃない。どうして財前くんと一緒に行かないといけないの。確かに駅前に出てきたのは初めてだけど、この歳で迷子とかない。心臓がびっくりするほどうるさくて、これは初対面だからだけって理由じゃないと思う。ほら、財前くんの何か言いたげな視線とか、さっきの真っすぐすぎる視線とか。財前くんは目で人を殺せるんじゃないかなって思うくらい鋭くて。あぁ、このどきどきは初対面だからじゃない。こわい。何を言われてしまうんだろう。こわいよ。


顔を上げると、向かいの席では早苗ちゃんと一氏くんが笑いあっていた。


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財前の迷子設定は最初から決めてました
そして今回長い!

2012.02.21


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