かっこいいのは


テニスボール片手に、校舎に戻ろうとぼんやりしながら歩いていたら、見事水溜まりに落ちた。どうやらまだ日影には水溜まりが残っていたようで。テンション急降下中に、濡れた上履きを無駄にぶんぶん振った。


「舞っ!」


嵐のように早苗ちゃんがやって来て、突然手を引っ張られた。どこに行くつもりとか、何の用だとか、いろいろ聞きたいことはあったんだけど。でも早苗ちゃんが泣きそうな顔だったから、黙って足を動かした。顔を俯かせると、濡れた上履きに土がついて汚くなっているのが見えた。


連れて行かれたのはテニスコート脇にちょこんと立っていた部室。入って、と言われて恐る恐る中に入ると早苗ちゃんも入ってドアを閉めた。壁際にずらりとロッカーが並び、奥の棚にトロフィーとか賞状とか写真が並んでいた。早苗ちゃんは何も言わずに壁際にあったベンチに腰を下ろしたから、わたしもその隣に座った。


「あああの…」
「ごめんっ!」


いたたまれなくなって何か言おうとしたら、早苗ちゃんは何故か謝ってきた。ななななんで!泣きそうなの!


「どどうしたの」
「…おおきに。」


どどうしよう!話が見えない!脈絡が無さすぎて、頭がぐるぐるした。


「あたし、中学んときに女子同士ごたごたあってな」
(小春ちゃんが言ってたことかな…)
「せやから、ずっと女友達っておらへんかった。舞がさっき先輩らに言っとんの聞いて、ほんまにうれしかったんや。おおきに」
「聞いてたのっ!?」


恥ずかしい。わたしなりには頑張ったことだけど、でもいっぱい吃ってたし、かっこわるい。でも、早苗ちゃんはかっこよかったって言ってくれた。わたしは照れ臭くなって持っているテニスボールを手の中で回したりした。


「わわたしもね、人見知り激しいし内気だし弱っちいしぐじぐじしてるし…中学の時なんて友達全然できなくて。変わりたかったの。だから早苗ちゃんに話し掛けたんだよ。テニス部なんて興味ないもん…」


テニス部の部室で言うことじゃないけど。でも早苗ちゃんに誤解されたくないから。わたしは思ってることを伝えた。すると、早苗ちゃんは何故か笑っていた。いや、お腹抱えるような爆笑じゃなかったけど、軽く笑ってた。


「せやなぁ、白石好きやないて言うてたしな。」
「ちちち違うよ?好きだよ?好きだけど、早苗ちゃんとは比べられないってことで…」
「…こんな子もおんねんなぁ」
「え?」
「あたしの周りにおった女なんて、みんな口揃えて白石くん白石くん白石くーんって。アホちゃうん?って感じやったわ。ほら一応あいつイケメン部類入るし」
「イケメン…?」


これは一種のノロケかと思ったけど、早苗ちゃんは照れた様子もないから、一般的に見て、ということだろうか。でも、わたしは今までかっこいいなぁって思える人はあんまりいなくて。イケメンって言われても分からないのが現状。


「え?白石かっこいい思たことないんか?」


すごいびっくりされてるけど、残念ながらない。カノジョさんにそれは失礼かなぁと思ったけど、早苗ちゃんがすごい剣幕だったから正直に小さく頷いた。


「あかん…世の中にはあいつのスマイルにやられん女がおるんか…」
「えっ?じゃあ早苗ちゃんはスマイルにやられちゃったんだ。」


もう最初の話題はどっかに行ってしまったけど、早苗ちゃんの真っ赤な顔が見れたからいいや。かわいいなぁ。女の子とこんな話をするのは(あ、でも菊丸くんともそんな話はしなかったから実質初めてだ…)初めてで、わたしまでドキドキした。これが恋ばななんだなぁ


「白石のことかっこいい思わんのやったら、誰がかっこいい思うん?」
「えっと…」


残念ながら本当に、かっこいいとか……あ、いた。絶対当然のように頭に浮かぶのは菊丸くんだと思った。でも浮かんできたのは別の人で。心拍数が突然上がった気がした。


「え…」
「顔真っ赤やで。誰のこと考えとるん?」


半笑いの早苗ちゃんが憎らしいくらいに楽しげだった。手に汗が滲んできて、テニスボールに染み込む前に膝の上に置いた。


「……ひ、とうじくん」
「えっ?ユウジ!?」


どっきーんって心臓が騒いだ。変なの。わたしが好きなのは間違いなく菊丸くんで、一氏くんは憧れなのに、一氏くんの名前を出すだけで身体が熱くなった。なんでかな、すごく恥ずかしい。


「ユウジか。あんな目つき悪いのに」
「ちちちがっ!顔とか、そういうんじゃなくて…」
「うん?」
「……わたし、思ったこと言えないから…。わたしのこと、はっきり嫌いって言えるのは、凄いし憧れるし…かっこいいなぁって」


膝の上のテニスボールに触れると、少しだけ頬が緩んだ。


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2012.01.31


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