イライラの特効薬


イライラの特効薬

@
派手に暴れるのは好きだが、暴れる前のチマチマした調査は好きじゃない。データを横流ししている証拠を掴むとか、反神羅組織と繋がっているターゲットの尾行とか、チマチマしてるっつーかもう早くぶん殴らせろ!殴り飛ばしてから裏を取れ!と思うこともまあ、ないわけじゃない。っつーかそういう任務のときはだいたいいつも思う。怪しいやつなんてとりあえず全員、片っ端からぶちのめしていきゃあ楽なのによ。
狭い車内にも、動きの全くないターゲットにも、そいつの住んでる家がバカ静かな郊外にあるってことにもイライラがつのる。もう早いとこ行動起こしちゃってくれよ、頼むから。こんな辛気臭えとこもう一時間だっていたくない。

「レノ〜、ターゲット今日はもう動きそうにないよ」
「あ?まだそんな遅ぇ時間じゃねーだろ、と」
「うん、でもなんか…寝てる…?かんじ」
「はあ?こんな早い時間に寝るとかガキか?お前盗聴器仕掛けたのバレてんじゃねーだろうな?」
「だ、大丈夫だよ!ちゃんと鞄にも家にも見つからないように仕掛けてきたよ」
「マジかよ〜じゃあ今日も収穫なしじゃねぇか!」
「こんなもんでしょ?長いと二カ月くらいかかるときあるし」

ごそごそとイヤホンを外しながらなんでもないように名前は言うけど、俺的には一ヶ月もこんな尾行やってたら発狂する自信ある。
名前が、携帯でツォンさんに今日の報告をしているのを横目に煙草の箱を開ける。嗅ぎ慣れた匂いに、少しだけ冷静さを取り戻せたような気がする。半分ほど開けた窓から、夜の冷えた空気が流れ込んできた。その空気といっしょに煙草の煙を吸い込めば、ピリリと脳が覚醒する感じがする。郊外でいいとこっつったら、ほんと、この空気の良さだけだよな。それ以外ねーよな。

「レノ、もうこのまま帰っていいって」

いつの間にか報告を終えていた名前が、俺の吸ってる煙草を見て嫌そうに顔を顰めた。「健康にわるいよ」そう唇を尖らせる名前を鼻で笑う。煙草吸わなかったらきっと今頃ストレスで死んでるっつの。

「それ、おいしいの?」
「うめーぞ、と」
「ふうん。ケーキとどっちがおいしい?」
「…名前ちゃんよ〜、頼むからそういうアホな質問はここだけにしとけよな〜よそで言ってタークスの連中頭悪りぃとか思われたらムカつくだろ」
「えっな、なんで?!私なんか頭悪いこと言った?!」
「…アホの権化だな、と」
「存在自体がアホってこと?!」

憤慨したとばかりにそっぽを向いてしまう名前はやっぱりものすごくアホっぽい。狭い車だし、向こう側の窓にぶすくれた顔がうつってるし。こいつそこまで考えてねーんだろうな。そういうところがアホっていうか、からかい甲斐があるっていうか、おもしれーやつ。「八番街戻って飲みに行くか?」そう誘ってみるも、窓に映った顔はまだ唇を尖らせていて頑なに一点を見つめている。かんっぜんに拗ねてやがる。
もうすっかり短くなった煙草を、灰皿に押し当てる。まだ二口くらいしか吸っていないそれに、なんの未練もない。八番街に着くまでに、どうやったら名前の機嫌が直るのか考えていたらきっと、あっという間だ。



A
名前ってあんまり怒ったりしなさそう、とよく言われる。悩みなさそうとかぼーっとしてるとか、それ褒めてるの?っていうこともよく言われるけど、よく考えたら確かにそうかもって思うから特に否定はしない。だって、怒ったりするの疲れるんだもん。もおおおおおこの怒りのパワーで敵を薙ぎ倒す!っていう職業でもないし。
そんな私が腹立つ!って思うのは、レノにからかわれてるときと、任務では唯一、ソルジャーやタークスへの勧誘をしてるとき。基本的に変わった人が候補になってることが多いから、話しかけていきなり殴られそうになるとか、明らかに馬鹿にされるとかそんなことざらにある。

「すいません!ココアと、このケーキふたつください!」

社内に設けられている休憩スペースのカフェで、宣言するように注文したらレジのお姉さんに苦笑された。でもちょっと、今の私に、それを気にする余裕はない!話しかけざまに、いきなりナイフで刺されそうになったことへの怒りでいっぱいだ。これを癒すには甘いものしかない。
ココアに生クリームも乗っけてもらおうか考えていたら、突然お姉さんがキャア!と黄色く叫ぶ。顔を赤くして私の後ろを見ているから、振り返ったらものすごく胡散臭い笑顔をしたレノが立っていた。ただでさえイライラしてるのに、余計イライラしそうな人物との遭遇になんだか悲しみすら感じる。なんて厄日。「最悪だ…」小さく呟いたら、地獄耳のレノに背中を小突かれた。

「なあなあ、俺にもコーヒー一杯くれるか?、と」

上ずった声で返事をしたお姉さんは、熱に浮かされたようにふわふわとコーヒーを淹れて私のトレーに乗せる。いやいや待ってよ、私たちぜんぜんご一緒じゃありませんから!慌てて否定しようとした言葉は、お姉さんの金額を伝える声にあえなく負けた。「名前ちゃんごちそーさん」耳元で囁かれた声に、なぜかお姉さんが悲鳴をあげる。この怒りを攻撃力に変えられるなら、たぶんわたしミッドガル滅せるよね………


窓際の席にだらしなく座ったレノが、わたしに向かって軽く手を振ってくる。赤い髪のチンピラはこのカフェにまったく似合ってなかったけど、さっきから女の人のひそひそ声がすごいからレノってモテるんだよなあ。同僚の、しかも女にコーヒー奢らせる男ってかっこいいかな?
トレーをテーブルに乱暴に置くと、わざとらしく片眉を上げたレノがこれまたわざとらしく「名前ちゃんはこえ〜な〜」とニヤニヤするからもうレノなんか無視しようと決める。無心になろう。レノなんかいない。ここには私と甘いものだけの癒しの空間…

「なんだよイライラしてよ。生理か?」
「んなっ...!ちっがう!ちがう!ぜんぜんちがう!」
「否定しすぎって逆にあやしーぞ、と…ま、お前も女ってことだよな〜」
「気持ち悪い納得しないで!ちがう!ほんとにちがう!」
「じゃあ名前ちゃんとは今日ヤれね〜な〜残念だったな〜」
「んなっ、に言って…ヤ…?!は?!」
「冗談だっつの…」

呆れたようにコーヒーを飲み始めるレノに、どっと体の力が抜けた。なんで私が呆れられなきゃいけないの…どっからどう聞いてもおかしいでしょ……

「で?お前なんでんーなイライラしてんだよ。珍しい」
「え?あ、うん…今日ソルジャーの勧誘行ってきたから…」
「あ〜…お前どっからどう見ても弱そうだもんな」
「う、わかってるもん……でも今日なんかいきなり刺されそうになったんだよ?!びっくりするよね?!」
「つーか、いきなり殺されかけてその感想しかねーのにびっくりしたわ」
「んん、そう、かな…?」
「つまりお前は、いきなりびっくりさせられたことに腹立ってんのか?、と」
「え〜違うよ、だっていきなり殺されそうになってびっくりして…もうびっくりさせないでよ!ってなって……あれ?」
「そのまんまじゃねーかよ」
「私、びっくりしてただけなのか!」
「すっきりして良かったな、と」
「うん!」

大きく頬張ったケーキは、イライラしながら食べるより何百倍もおいしかった。さっきまであんなにイライラしてたのが嘘みたいにすっきりしている。
ずっとニヤニヤしていたレノが、もう耐えられないとばかりに机に突っ伏して笑い出した。でも、ケーキおいしいしイライラもなくなったし、むしろ私もなんだかおもしろくなってくる。笑いすぎて苦しそうに顔を上げたレノと目が合って、どちらともなくまた笑い出して二人して机に突っ伏した。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -