目からでまかせ


目からでまかせ

こんなに不細工に泣く女を初めて見た。タークスが使ってる階の、隅っこの廊下のさらに隅っこで名前は小さくうずくまって泣いていた。なんにも知らないやつがここ通ったら、次の日から「タークスに恨みを持った幽霊が神羅ビルに現る」っつー怪談になるんじゃねぇのっていううめき声を上げて泣いていた。しっかし、女ってもっと綺麗に泣けるもんなんじゃねーのかよ。なんだこいつ。ほんと残念な仕様になってんな。

「おい、名前。レノさんが心配して来てやったぞ、と」

心配して、の部分を強調しながら言ってみると、名前は胡散臭そうに伏せていた顔を上げた。赤くなった目元と鼻がふだんよりもさらにその顔を間抜けに見せている。

「ぶっさいくだな〜、お前」
「な、なに…わ、わだじのごとはほっといでください……」
「なんで敬語なんだよ、と」
「し、しらない……ごめん…」
「別に謝んなくってもいーけどよ」

名前がうずくまっているすぐ隣に腰を下ろす。床って意外に冷えな。こいつ、こんなところに座って泣いてたらさらに気分落ち込むだけじゃねえか。アホか。
隣に座ったはいいが、なにを言えばいいのか皆目見当もつかない俺を、名前もどうしていいのかわからないという感じでチラチラ伺ってくるからさらになにを言えばいいのかわからなくなってくる。つーか、俺、よく考えたら泣いてる女とか見たことねえわ…だってよ、ふつういい歳した女が泣く場面なんて人生の中でそうそう出会わねえだろ……とりあえず来てみたはいいけど、どうすりゃいいんだよこれ。
すん、と名前が鼻を鳴らす。さっきまで唸り声を上げていた喉は、今や小さくしゃくりあげるだけになっていた。

「……ま、あの時の主任はけっこう怖かったよな〜」
「う、ま、まだおこってた?」
「怒ってねーよ、っつーかお前が飛び出してったあとちょっとへこんでたぞ」
「な、なんで…だって全部わたしがわるいのに…」

名前がまたじわじわ目に涙を溜め始める。あんだけ泣いといてまだ泣けるのかこいつは。睫毛を震わせて、今にも落ちそうな涙をなんとなく手で拭ってやる。いつもならちょっと触っただけですぐ顔を真っ赤にして怒ってくるくせに、相当落ち込んでるのか名前は小さく息を吐いただけだった。なんとなくそれに、せり上がってくるものがあって、誤魔化すようにわざと乱暴に目元を擦ると、間抜けな悲鳴を上げた名前に手を振り払われた。

「いたいよ!」
「慰めてやってんだろーが」
「目押し込んでるのかと思った!」
「お前の目押し込んで俺になんの得があるんだよ、と」
「え、え?いや、単純におもしろい…とか?」
「んなわけあるか。単純に、慰めてやってんだよ」

今度こそ本当に目をまん丸くした名前に、こいつの中の俺の評価いったいどうなってんだと軽く呆れた。俺が慰めるってそんな珍しいか?まあ、あんまねーか?…いや、これが初めてだったか…?記憶を引っ張り出してみるものの、俺が誰かをわざわざ慰めたことなんてまったく思い出せなかった。「心配してくれたの?」少しだけ明るくなった名前の声に、妙に居心地の悪さを感じた。や、主任の本気の怒りに触れたモン同士の連帯感というか、お前もかよ…っつー同情とか、そういうあれだ。別に、今回怒られて飛び出した名前を心配して、貴重な休み時間を潰してまで側にいてやりてえと思ったことに深い意味はない。
不意に、ジャケットの裾を掴まれる。ものすごく遠慮がちに掴まれたその裾は、きっと数秒後には跡すら残らない。

「レノ、ありがと」
「お、おう。現金ならいつでも受け付けてるぞ、と」
「うわ〜レノらしい」
「なあ、前から気になってたんだけどよ、お前の中の俺のイメージなんなんだよ、と」
「え、ええと、んー、強いて言うなら愉快犯!」

赤く腫れた目元をおもしろそうに細めて言い切った名前の頭を、手で思いっきり掴んでやると、抵抗するように手を思いっきりバタつかせる。あまりに呆気なく離されたジャケットの裾を見たら、やっぱり皺にすらなっていなかった。なんとなくおもしろくなくて、そのまま頭を掴む力を強めた。








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