「え……犠牲や代償を捧げて罪を贖うこと……って…え、えええ?」

検索して出てきたページを何度も何度も読み返すけど、いまいちピンとこないのは言葉がなんだか大変なものすぎるからなんだろうか。この単語とつむぎ先輩がどうしても線で繋がらない。だってつむぎ先輩って確か公式プロフィールで、人を傷つけることが嫌い、って書いてたくらいだし、そんな人がいったい何を償っているんだろう。

「携帯なんかで調べるからかな……?ちゃんと辞書で調べたほうがいい?」

移動中にささっと歩きスマホなんかで調べるから、深いところまで読みきれてないのかなあ。でも図書室にはつむぎ先輩がいるし、つむぎ先輩のことを調べてるから会いにくいな……。いや、ほんとはめちゃくちゃ会いたいんだけど。
いたずらに携帯をスクロールするだけで、何一つ頭に入ってこない。片手間でやってるからなのか、この単語がつむぎ先輩とあまりにかけ離れ過ぎてるからか、わからないけど。

「あいてっ」
「うわわっ?!」

スマホに影が落ちたと思ったら、前を確認する暇もなく誰かとぶつかっていた。ぶつかったはずみで尻餅をつけば、びっくりした顔のに〜ちゃん先輩がわたしを見下ろしていた。大きな目がことさら大きく見開かれていて、いいなあ私も目パッチリになりたい、なんてぼんやり場違いなことを考えているうちに慌てて助け起こされた。

「わ、わりゅい!らいじょうぶか?!おりぇあんま前みてなくて!」
「わ、私こそ前見てなくて、不注意ですみません!に〜ちゃん先輩こそ大丈夫ですか?アイドルに怪我なんて負わせたら退学……いや、告訴…?!」
「誰が告訴なんかするかっ!転んだのお前だけだぞ!」
「いやでもに〜ちゃん先輩、どこか痛くなったら」
「ならない!」
「だって私と同じくらいだし万が一」
「俺のほうが大きい!」
「あ、は、はい」

しぶしぶだけど頷けば、に〜ちゃん先輩も落ち着いたみたいで、つり上がっていた目も元どおりになっている。本当になんともなさそうだし、きっとアイドル活動してるうちに鍛えられたんだろうなあ。私より少し大きいだけなのに、この違い。すごい。

「あの、でもに〜ちゃん先輩、不注意でごめんなさい」
「いいって。俺も前見てなかったし、お互い次は気をつけような」
「はい!」
「ん!いい返事だな」
「調べものの検索は座ってします!」
「おう!……ん、ん?いや、そんなの当たり前だろ……」
「はい…ごめんなさい……」

呆れたように息を吐くに〜ちゃん先輩だったけど、何調べてたんだ?と話を聞いてくれそうだったので聞いてみることにした。もしかしたら昔の夢ノ咲のことも教えてくれるかもしれないし。

携帯画面を開くと、贖罪の文字が真っ先に目に飛び込んでくる。贖罪。日々樹先輩から見える、つむぎ先輩。

「なんだこれ、こんな重いテーマでライブやるのか?あ、valkyrieか?いやでも、あいつらは自分たちのことは自分たちでやるよな…」
「あの、ライブじゃないんですけど、に〜ちゃん先輩、贖罪ってどういうときにするんでしょうか」
「そりゃあ、悪いことしたときにするもんじゃないのか?」
「悪いこと」
「いやまあ、だって、そういう意味でしかなくないか…?」
「ですよね〜」

悪いこと。とっておいた唐揚げを横から取り上げるとか、後ろからいきなりくすぐるとか、そういうんじゃない、よね。たぶん。あんなに優しい先輩がする悪いことってどれだけ頑張ってもそれくらいしか思いつかない。本当の本当は優しくないとか?

「あの、に〜ちゃん先輩」

いっしょになって考え込んでしまっているに〜ちゃん先輩。ぶつかった上に無駄に悩ませてとても申し訳ない。

「ん〜?」
「つむぎ先輩って、人の唐揚げとったりしませんよね?」
「お前何いってんら?!つむぎちんがそんなことするわけないらろ?!」
「ですよね〜」
「びっくりするだろ!」
「わたしもびっくりしました」
「何にだよ!名前、今日なんかおかしいぞ」
「ですよね〜」

わるいこと。わるいことってどんなことだろう。この世には悪いことなんて溢れかえるほどあって、きっとこの夢ノ咲にだって何かしらあるんだと思う。わたしの周りに優しい人が多いだけで、だって、ここはアイドルを育てる学校なんだから。
どこかの教室で、今も音楽が鳴っている。少し調子が外れたギターに、走り気味のドラム。私の知ってる夢ノ咲は、いつもどこかで音楽が鳴ってる。みんな自分の夢に向かってただ前を向いて走っている。昔だってこうだったんじゃないの?なんでつむぎ先輩が償うようなことしなくちゃいけなかったの?

「に〜ちゃん先輩、まだ、聞きたいことあるんですけど良いですか?ちょっと複雑な話ですけど……」
「ん?あ、悪い名前!俺今から創の校内アルバイト手伝うことになってるから、時間かかりそうならまた改めて聞くぞ?」

パンっと手を合わせて申し訳なさそうに眉を寄せるに〜ちゃん先輩に、なんだか少しだけ安堵した。私はつむぎ先輩のこと知りたいのか知りたくないのか、もう自分でもわからなくなってきてる。今、現在、つむぎ先輩は優しい。それだけじゃ好きの理由にはならないんだろうか。

「あ〜、や、だいじょうぶです!なんか、あの、昔のこと聞いてみたいな〜って思っただけです!」
「昔?なんの?」
「え〜〜〜〜〜、に、に〜ちゃん先輩の…?」
「俺の?知ってどうするんだよ」
「え、いや、ええと、私が嬉しいです!」
「気持ち悪っ」
「ですよね〜」
「歴史なら図書室行ってみればいいだろ?つむぎちん、今日当番あるって言ってたぞ」
「はい。国語辞典借りたかったし行ってみます!」
「おう!またな」

早めに寝ろよ、と手を振って行ってしまったに〜ちゃん先輩だって、優しい。でももしかしたらに〜ちゃん先輩だって何か理由があってそうしてるのかもしれない。でも、それに救われていたらどんな理由だってやっぱりすきになってしまうと思うのに。

に〜ちゃん先輩が、振り返って大きく手を振ってくれる。キラキラと輝く金髪が、柔らかい陽の光を受けて宝石みたいになってる。

「………というか、知ったあとで好きじゃなくなるほうが、きっとこわいのかも」

に〜ちゃん先輩がいなくなったあとで良かった。そう。たぶん、そうなんだ。







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