星が刺さって痛いの


「はあ、ココアおいしい…幸せの味……」
「ちょっとちょっとぉ、名前ちゃん、そんなにココアばっかり飲んでたら太っちゃうわよ?」
「もしかしたら今つむぎ先輩もココア飲んでるかもしれない……おそろい…」
「な〜んか気持ち悪い恋する乙女ねえ…私の想像とはちょっと違ってきてるわ…」
「嵐ちゃん、恋する乙女なんてみんなこんなもんだよ」

ココアの湯気越しに見た嵐ちゃんの顔は、それは綺麗に歪んでいた。薄い唇が反論したそうに引きつっているけど、やっぱり呆れたようなため息を吐いただけだった。
私のやんわりとした心の変化ににすぐさま気付いた嵐ちゃんは、なんとかしようと珍しく熱くなっていたけど、なんともならなさそうな私とつむぎ先輩に最近はなんかもう飽きてきているっぽい。しなやかな眉をキュッと寄せてしみじみ「本当に残念よねえ…名前ちゃんには幸せになってほしいのに」って言ってるけどその手はもうファッション雑誌を取り出している。完全に飽きている。

「あれっ、待って嵐ちゃん、なんかそのもう全部終わったみたいな言い方は、ちょっとひどい」
「だっていろいろ考えたのになにかが始まりそうな雰囲気すらないんだもの」
「え〜だって嵐ちゃんの言う通りにやってたら私つむぎ先輩に情緒不安定だと思われちゃう」
「あの人ははっきり言わないとわかんないわよ」
「そうかなあ?やさしいよ?」
「そうじゃなくて、自分に向けられる好意に鈍感だってこと」

嵐ちゃんの細い指が気だるげにページを捲る。優しそうな色合いのセーターを着た男の人がポーズを取っていて、つむぎ先輩に似合いそうだなあなんて思って喉元のあたりが温かくなる。何気なくそれを嵐ちゃんに伝えようとセーターを指差したとき、教室の扉が鋭い音をを立てて開いた。世界一会いたくない人が、長い髪を揺らして仁王立ちしている。じんわりとしあわせに温まっていた喉元が冷えた。

△▽△


冷たい風が吹きすさぶ屋上で、わたしはただただ数分前の日常を懐かしんでいた。これ、走馬灯とかいうあれじゃないのか…隣で日々木先輩が心底愉快そうにしているのが死ぬに死にきれないけど。

「いやあ、愉快ですねえ名前さん!あの二人は暗号を解いてここに来られるんでしょうかね?わくわくしますねえ」
「しませんよ!だいたいなんで演劇部じゃない私までいっしょに!」
「おや、あなたは演劇部の小間使いさんだと思っていたんですが…」
「違いますよ!うう、さっきのしあわせな空間にかえりたいよ〜」
「あなたの幸せとは?二人が来るまでの暇つぶしに聞かせてもらえますか?」
「とにかく、暖かいところにっ、行きたいです…ッ!」
「なんとも想像の範囲内ですねえ」

残念そうに頭をふる日々樹先輩に、もしかしたら哀れに思って帰してくれるかもという期待はすぐさまなくなった。二人が一刻も早く来てくれるのを願うしかないけど、こういう思い付きはけっこう頻繁にあるから今度という今度は二人とも無視しているかもしれない……。こ、来ないかもしれない…。日々樹先輩のことだから来るまでここにいるかも。こんな寒いところに。む、むり。

「そういえば名前さん」
「は、はい…」
「あなた、私が教室に入ったときなにを考えていたんですか?」
「え?」
「私を見て歓喜のあまり固まっていましたが、その前のことです」
「それやめてください絶望のあまりです!なにって、べつに、あのセーターつむぎ先輩に似合いそうだなあって…それだけですけど…」
「先代さん?」

目を丸くした日々樹先輩に、びっくりしたと言うより、なんだか言ってはいけないことを言ってしまったようなそんな気まずさがあるのはなんなんだろう。なぜか張り詰めてしまった空気に震えすら止まってしまう。顎に手を当てて何かを考えている日々樹先輩の目は、じっと私から逸らされない。

「あ、あの、日々樹先輩、わたしまずいこと言いました?ごめんなさい…?」
「いえ、いつものあなたからは考えられないほどいい表情でしたので、芝居の参考にと思っただけですが…」
「はあ…」
「それよりも意外すぎる人物に驚いてしまいました」
「え〜そうですか?つむぎ先輩すごく優しいじゃないですか」
「優しい?」
「え、はい…優しい、と思いますけど」
「優しさだと思ってるんですか?」

すみれ色のきれいな瞳が、信じられないとばかりに大きく見開かれる。ただ純粋に驚いているらしい日々樹先輩に、これが、彼は本当は意地悪なんですよ、なんてそんな簡単な話じゃないんだとわかる。でも、惚れた弱みとかいうやつを抜きにしたって優しい先輩だと思うんだけどなあ。困っている人につい手を差し伸べてしまう人というか。

「ええ、いや、優しさでなかったらいったい…?打算…?あっ、来世に向けての修行?」
「はい?」
「今生で徳を積もう!的な...?」
「……あなたは本当に馬鹿ですねえ」
「えっごめんなさ……んん?ありがとうございます?日々樹先輩、今怒ったんですか?褒めたんですか?」
「そうですね、呆れました」

ふう、と息を吐いた先輩がものすごく残念そうに私を見下ろしている。今度は明確に私を馬鹿にしているのがわかるけど、まあいつものことと言えばいつものことだ。

「馬鹿な子ほど可愛いと言いますが、名前さんにひとつだけ教えてあげましょう」
「な、なんですか?帰っていいってことですか?」
「贖罪、です」
「え?」
「まあ、全てが全てとは言いませんがね」
「え、それって、つむぎ先輩が?ええ、なんで?なんでそんなこと...?」
「名前さん、きちんと向き合わなければ、あなたもまた道化ですよ」

堰を切ったように出てくる疑問に、日々樹先輩は秘密ですとばかりに自身の唇に人差し指をただ当てるだけだった。すみれ色の瞳が弱い光の下で今度はいやに複雑にゆらめいている。







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