優しさに既視感


優しさに既視感


タークスの本部に足を踏み入れた途端、俺を見て目をまん丸く見開いた名前にどこか居心地の悪さを感じて小さく舌打ちをした。原因は俺の格好にあることはわかりきってる。つい今しがた反神羅組織の殲滅任務をやってきたばっかりだ。服はところどころ破れてるし、血だって出てる。まあ、大した傷じゃねーけど、服につくと派手に見えるしな。それでもあわあわと駆け寄ってきた名前は慌てすぎだ。いつも思うけど、こいつ、ほんとタークス似合わねえ。こんなんで仕事できてんのか?喋り方とかトロいし…

「レノっ、レノ、だいじょうぶ?血、足りてる?」
「あ〜ダイジョブダイジョブ、と。つーか、待機名前だけか?」
「えっ、あ、うん。さっきまでシスネいたけど、勤務終了時間になったって…ね、本当に大丈夫?医務室行く?」
「こんなんで医務室なんか行かねえぞ、と」

こんなかすり傷でタークスが医務室なんか行ったら末代までの恥だ。面倒になってきて、まだ何やら言いたそうな名前を無視して横を通り抜ける。背中を見た名前が小さく息を飲んだのが聞こえて何だか無性にイライラした。こんなん、日常だろ。珍しくも何ともねえ。タークスだぞ、街で騒いでるギャングじゃねえんだ。
報告書だけさっさと書き上げてしまおうと、自分のデスクに座ってパソコンを起動する。立ち上がり時間の間に極力名前を見ないようにしようと努めたが、任務後で過敏になった神経は、チサの心配そうな視線を知らないことにはできなかった。

「なあ名前」

いつの間にか救急箱を抱えて、こっちを伺うようにしていた名前の肩が面白いくらいに跳ねた。何緊張してんだよ、と。自分では笑ったつもりだったが、名前の強張った顔を見る限り、きっと笑えてはいなかった。腹の底からふつふつと静かに湧き上がるこの感情は、確かに怒りじゃない。これがなんなのかはわからないが、しかし不愉快なことに変わりはない。

「お前さ、そんなんでよくタークスにいるよな?」
「えっ?」
「辞めちまったほうがいいんじゃねーの?」
「なんで、そんなこと」
「こんなちょっとの血見たくらいでオロオロしてたら仕事どころじゃねぇだろ、と」
「そ、それとこれとは…」
「関係ないってか?ずいぶん綺麗なお仕事ばっかりしてるんだなぁ?」

今度こそはっきりと息を飲む音が聞こえて、それを聞いた瞬間俺の腹に溜まっていた熱は一気に冷えた。そして、今のは言い過ぎだったと、ただただびっくりしたように目を見開いているだけの名前を見て悟った。何してんだクソ。完全に八つ当たりじゃねぇかあんなの…
名前の任務が綺麗なものばかりじゃないのなんて言われるまでもなくわかっていた。銃が得意だし、任務に対しては慎重なやつだから暗殺や尾行、身辺調査が主だったのも俺は分かってたはずだ。それを名前自身が誇りには思っていないことも、なんとくわかっていた、はずなのに。
とっくに立ち上がったていたパソコンはパスワード入力画面に移行していた。点滅するアンダーラインが、今までで一番無機質に見えた。

「悪りぃ…」

喉のあたりに付けられた傷が、ひりついた。じんわりとそこに熱を感じる。
「ううん、気にしないで」そう言った名前の声は聞いたこともないくらいにカラカラと乾いていた。のびやかに話しかけてくる、いつもの声の欠片もなかった。

「わたし、びっくりして…だって私あんまり大怪我とか、ないから…だから、騒いでごめん」
「…なんで名前が謝るんだよ、と…別に大怪我でもねぇし」
「だって、レノが…」
「…任務帰りで気が立ってた…悪かった」
「…うん」

ガチャガチャと救急箱を抱えながら、名前が俺の側に来た。中から消毒液と包帯、絆創膏をテキパキと俺の机に並べる様は意外と手慣れているようだった。あんまり意外そうに見ていたからか、少し恥ずかしそうにした名前が訳を話してくれた。「殲滅作戦の時はだいたい待機のことが多いから、帰ってきた人たちを手当てするうちに、慣れちゃった」そう言や、そういう派手な作戦の時確かにチサはいなかった気がする。俺もただ暴れてるだけだからあんまよく知らねぇけど…ああ、でもだいたい俺とルードとツォンさんだな。あとは、乱闘得意でその時動ける奴か…ん?

「じゃあなんでさっきあんな驚いてたんだよ?」
「え?」
「手当て慣れてたら俺の怪我なんか大した傷じゃねーだろうが。なんでさっきあんな驚いてたんだよ、と」
「え、ええ?なんでって…なんでって言われても、なんでだろう?」
「自分のことわかんねーのかよ…」
「言われてみれば、なんでだろうね?だって、ほら、あの新入りの子なんかもっとひどい怪我とかしてくるし」
「あいつ無茶ばっかするからなあ…だいたい神羅に盗みに入るって時点で血の気多すぎんだろ、と」
「レノにそっくりだよね」
「一ミリも似てねー」

柔らかく笑う名前が消毒液を染み込ませたガーゼを、喉の下あたりにできた傷に押し当てる。ヒリヒリとしていた痛みが鋭くなって、けっこう深く切られてたんだなと実感する。躱しながらやってっから致命傷にはならねーけど、こういう小さな傷はしょうがないよな。乱闘だと、そこまで構ってられねーし。
そう言えば胸の下あたりにもそんなような傷つけられた気がする、と本当に他意はなく自然にシャツのボタンを外して胸を肌蹴たら、ぎゃあああ!という可愛くない悲鳴と同時に喉を思いっきり圧迫されて一瞬呼吸が止まった。喉は痛いわ消毒液を押し付けられた傷も痛いわ咽せるわで、元凶となった名前を睨みつけたが名前は名前でそれどころじゃなかった。

「レノ胸、胸見えてる!しまってよ!やだ!」
「お前、ふざっけんなよ!死にかけたぞ、と!」
「だって何急にシャツ脱いで、なに、なにして…」
「そっちこそ何この状況で興奮してんだよ、節操なし」
「しっしてない!びっくりしただけ!もう自分でやって!」

ありえないほどに顔を赤くさせた名前は俺に消毒液とガーゼを押し付けてくるりと反対側を向いてしまった。こいつ、前から思ってたけど免疫なさすぎだろ…胸っつってもシャツの隙間から見えてるだけだ。この歳で処女ってわけでもねーよなまさか。別に美人じゃねーけど人当たりいいし彼氏の一人くらいいたはず…いや、まさかだよな?

「なー」
「なに?終わった?」
「いやまだだけどよ、名前って彼氏いたことあんの?」
「えっ?!え?いや、彼、えっ、や、な、なんでレノにそんなこと言わなきゃいけないの!」
「や、すげぇ初心だから処女かな〜って」
「なっ、なに言って、なに……レノきもちわるい…今日のレノおかしい…」

心底嫌そうに顔を歪めて、俺から距離をとるように名前がじわじわ離れていく。そんな引かれるようなこと言ったか?名前が渡してくれたガーゼを服の下の傷に押し当てる。こっちはそんなに大きな傷はなかったようで、痛みは少なかった。ただ、乾いた血が消毒液で滑りを取り戻すのがきもち悪い。
距離をとった名前だが、恥ずかしそうにはしながらもチラチラと手当ての様子をうかがっている。からかっても面白いけど、今日はもうやめとくか。脇腹の辺りの傷に染みて、顔を歪めるとチサの顔も歪む。誤魔化すように無理やり笑ったら、困ったようにはにかまれた。じわりと温かさの灯った胃の上を、すっかり温くなったガーゼで拭いた。







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