どこかへと


「はい、どうぞ」

手渡された缶をお礼を言って受け取ると、温かさがじんわりと手に染み込んだ。ミルクココアが中で静かに揺れるのが伝わる。つむぎ先輩も同じものを選んでいて、なんとなくその雰囲気にぴったりだなあと思った。優しくてあったかいミルクココアと、ふわふわしてて穏やかなつむぎ先輩。似てる。将来CMとかきそう。

「つむぎ先輩もココア好きなんですか?」
「はい、甘くておいしいですからね〜」
「先輩ってココア似合いますねえ」
「似合うとかあるんですかね?そういうことならなずなくんなんか、もっと似合うんじゃないです?」
「に〜ちゃん先輩は意外にもっとパンチの効いたものが好きなんですよ!」
「へええ、それは意外ですね」
「あっ、それ本人に言ったら怒られます」

rabitsに飲み物の差し入れをしたとき、炭酸を手に取ったに〜ちゃん先輩にうっかり「体に優しいリンゴジュースにしたほうが」なんて言ってしまったときの睨まれようと言ったらすごかった。いや、わたしも悪かったんだけど、だってほらに〜ちゃん先輩びっくりするとよく噛んでるし…炭酸にびっくりして噛んじゃうかもだし……。

「なずなくんは子供扱いされるの嫌がりますからね」
「わかってるんですけど、つい……」
「大丈夫ですよ、俺もその気持ちわかります」
「やっぱりつむぎ先輩も、に〜ちゃん先輩の頭撫でちゃったりして怒られます?」
「さすがになずなくんの頭は撫でようと思いませんけど」

ポン、と頭の上につむぎ先輩の手が置かれる。ニコニコしながら「名前ちゃんの頭はなんとなく撫でたくなりますよ」なんて言われたら、さっきまで滑るようにして出てきた言葉も途端に詰まってしまう。唸り声みたいなものを喉の奥に押しやって、ただ撫でられるままになるしかない。
そういえばつむぎ先輩は女の子苦手らしいってあんずから聞いたけど、嘘だよね?女の子の生態についての本探されたとか嘘でしょ?それ、ちがうつむぎ先輩だよね?
よしよし、と頭を撫でるつむぎ先輩の手が温かい。いつもはあんまり温度を感じないのに、ココアの缶を持ってたからだ、きっと。わたしの手もたぶん同じくらい温かい。熱がどんどん顔に溜まっていくのがわかる。

「つ、つむぎ先輩!」
「はい?どうしたんですか?」

わたしと違って、いつも通りの冷静な表情をしたままのつむぎ先輩に、勢いのまま言いかけた言葉を咄嗟に押し込めた。空気を飲み込んで目を白黒させてるわたしを、つむぎ先輩が不思議そうに見下ろしている。

「う、ええと、わ、わたしもつむぎ先輩の頭撫でさせてください!」

柔らかく目を垂れたつむぎ先輩が、「俺の頭なんかで良ければ」と屈んでくれる。ふわふわの髪にそっと手を沈めてみると、つむぎ先輩がくすぐったそうに小さく笑う。

「名前ちゃんは、ずいぶん温かい手をしてるんですね」
「あ、汗が滴ったらごめんなさい…」
「ええっそんなに暑いですか?やっぱり若い子は代謝がいいんですかね?」
「や、そうじゃなくて、緊張で」
「緊張?俺なんかに…?あの、俺は零くんや英智くんじゃないですよ?」
「いやそのふたりの頭なんか撫でたらまずころされます」
「そんなことないですよ〜、今度言ってみたらどうですか?」
「いやですよ!」
「あ、じゃあ俺から頼んであげましょうか」
「やめてください!」

考えただけでも胃が痛くなりそうな提案なのに、つむぎ先輩はいいこと言ったみたいな顔してるのがなんだかズレている。そりゃあつむぎ先輩からしたら同級生だけど、わたしにとっては普段会わないぶん伝説上の人物に近いのだ。それに、まったくそういうことじゃない。ぜんぜんちがう。

「あの、わたしはつむぎ先輩がいいんです」

目元を赤くしたつむぎ先輩が、眉を下げて困ったように微笑んでくれる。ありがとう、と掠れた声が夜の空気に溶けていく。








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