君がかわいい、どうせ賞味期限が切れるまで


「ねえ名前ちゃん、この薔薇君の髪にすごく映えるね」
「羽鳥さん、それ聞くの3回目とかだとおもうんですけど」
「うん、5回目だね。でも君の髪に似合う薔薇があんまりいっぱいあるから」

植物園ってこんなに落ち着かない場所だっけ?電話で約束した通りいっしょに植物園に来てみたけど、さっきからずっとこんな調子で正直ぜんぜん落ち着かない。植物園って、お花きれいだね〜とか、なんでこんな名前なんだろうね〜とか、そう言う和やかな会話のできる場所じゃなかったんだろうか。羽鳥さんにかかればどこでもいい雰囲気のバーみたいだし、ちょっと寂れた案内標識もオシャレに見えてくるの、魔法みたい。羽鳥さんっていろいろ意地悪なことも言うけど、基本女の子には甘いし優しいよね……。…うん。

「羽鳥さんって、いつもそうやって女の子を褒めてるの?」
「そうだね、でも名前ちゃんがやめてっていうなら、他の女の子を褒めるのはやめてもいいよ」
「わたしを褒めるほうをやめてほしいんですけど……あのね、今だったらわたし羽鳥さんのイメージで花束作れそう!」

少し驚いたように目を丸くした羽鳥さんだけど、すぐに余裕いっぱいに口の端を釣り上げる。短い付き合いだけど、自分が羽鳥さんになにか面白がられるようなことを言ってしまったんだとわかる。あと、羽鳥さんが何かを企んでることも。後悔したけどもう遅い。

「一応依頼主として途中経過だけ聞こうか」
「え、ええと、大ぶりのピンクの薔薇をメインにして、小花も同じ色の薔薇、差し色は薄紫でとにかくロマンチックにもりもり盛りたいです!」
「却下だね」
「な、なんで?!あ、これテンプレートじゃないですよ?ちゃんと羽鳥さんのこと考えてイメージした結果であって」
「どうせ女の子には優しい俺、でしょ?」
「え、よ、よくわかりましたね?うん!いろいろ考えた結果羽鳥さん実は優しい人なんじゃないかな〜って」
「ふうん…じゃあ却下の理由を聞かせてあげる」

いきなり手首を掴まれて、バラ展を通り抜ける。いつもはわたしの歩く速度に合わせてくれる羽鳥さんなのに、今日は引っ張るようにしてスタスタ歩くし握られた手首は痛いし、羽鳥さんはなにを考えているのか表情が読めないし。優しい羽鳥さんのイメージが早くもグラつく。
引っ張られるがままに付いてきた場所は、木が鬱蒼と茂る熱帯地方の植物を集めたコーナーだった。バラ展があるからか、誰も人がいない。
木の陰でピタリと止まった羽鳥さんは、でもわたしの手を離さない。

「ねえ、俺がどうやって名前ちゃんの番号知ったのか、教えようか?」

蔑みすら感じるその目がこわい。だれだピンクの大ぶりな薔薇がイメージにピッタリとか言ったやつは。

「い、いいです、知らなくても、だいじょうぶです」
「逃げるの?仕事に対しては情熱があるって神楽が言ってたけど、そうでもなかったのかな」
「それとわたしの番号と、な、なんにも関係ない」
「あるから言ってるんだよ?俺の一面だけを見てわかった気になられるのって、思ってたより腹立つね」
「ご、ごめんなさい…」
「謝らなくてもいいけどさ」

握られた手首をグイと引かれて、羽鳥さんの胸に倒れ込んでしまう。慌てて離れようとしても背中に回った羽鳥さんの腕が許してくれそうにない。
耳元で「まずはこうして抱きしめるでしょ?」と囁くのも聞きたくなくて耳を塞ぎたいけど、身動きが取れない。やっと、こわい、と思ったけどもう遅かった。すでに羽鳥さんの手の上だった。

「背中を撫でてあげると喜んだかな」
「ううううわ、や、やだ、羽鳥さん、きもちわるい」
「耳をなぞってあげて」
「ひ、く、くすぐった、やめてください!」
「首筋を噛むと怒った」

服の襟を引っ張られて、ガリと首筋を噛まれた。びっくりしたのと痛かったので小さく悲鳴をあげると、嗜めるように跡を舐められてもう限界だった。涙がジワジワ浮かんでくる。なんでこんなことになってるのかさっぱりわからない。知りたくないことを知らされて、それがやっぱり知らなきゃよかったと思えることで、だけどそれを知らないとわたしはこの大変な注文を作れない。どうしよう、なんて考えているうちに、いつのまにか解かれていた羽鳥さんの手が、服の裾からお腹を撫でているのに気付いて感情が爆発した。ジワジワだった涙が決壊したように溢れ出る。

「う…う、うえ、あ、あき〜〜〜助けてよお」
「……ねえ、普通彼氏の腕の中で他の男に助けとか呼ぶ?」
「亜貴いまどごにいるの〜〜〜羽鳥さんごわいよ〜あぎ〜」
「うわ、本当に泣いちゃってる……ちなみに神楽は先週からパリにいるけど」
「とおい〜〜〜」
「そうだね、神楽は助けに来れないけど大丈夫?」
「だいじょうぶじゃないい…あきに会いにいく……」
「うん、ごめんって。さすがにちょっとからかいすぎた」
「え、えっどこからうそなの?」
「さあ?名前ちゃんはどう思う?」

また意地悪く笑って首を傾げた羽鳥さんだけど、こっちはなんだかとても疲れてしまって嘘か本当なのかもうどっちでもいいのかななんて思ってしまう。いや、ぜんぜん良くないけど。これははっきりさせるべきだけど。でも、唯一はっきりしたことがある。

「俺が優しいだけの男なんてイメージ、名前ちゃんに持って欲しくないな」

爽やかに笑ってみせた羽鳥さんは、やっぱりピンクの大ぶりの薔薇が似合うし、差し色は薄紫色だ。私の涙を指で掬いながらおでこに優しく唇を落としてくれた羽鳥さんも。だけど、「名前ちゃんは本当におもしろいから、まだしばらく離したくない」その言葉が簡単にイメージを覆す。もう、よくわからない。羽鳥さんってどんな人なんだろう。わからない。でも、わからなければ。いや、わかってみたい。

「何か甘いものでも食べに行こうか?それとも、怖くなっちゃった?」
「こ、こわくないです!私だって花屋の端くれですからやり遂げてみせます!」
「俺が全然優しい男じゃないのは本当だよ?」
「うっ……だ、だいじょうぶ…いざとなったら亜貴に…」
「…ねえ、いい加減その神楽の名前出すのやめてくれない?」
「えっ?」
「いや……いや、なんでもないよ。おいしいケーキ屋さん知ってるから行こうか?」
「え、はい…ぜひ…?」

わかってみたいと初めて思ったけど、いきなり考え込むように黙ってしまった羽鳥さんのことはもうよくわからない。







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