始まりの音がきこえる


この学校の過去もつむぎ先輩のことも一向に内容が頭に入ってこない風水の本も、理解したいことはたくさんあるんだけどいかんせん最近のわたしはとても忙しかった。TrickSterが学外で大きなライブをやるみたいで、あんずがつきっきりなぶん他のユニットのプロデュースが私に回ってきていたのだ。衣装終わらない!提出書類終わらない!ステージ見に行かなきゃ!なんて駆けずり回っていて、すっかり忘れていた。そう、本の返却期限。や、やばい……。





「つむぎ先輩!大変申し訳ございませんでした!」
「ええっな、なんですかいきなり?!なんで名前ちゃんが俺に謝るんですか〜?」
「本の返却期限を過ぎていました…ごめんなさい…」
「ああ…えーと、返却日は一昨日でしたね。まあ、名前ちゃんだいぶ忙しそうでしたからね」
「ど、どんな罰が…?!もしかして退学とか…?返却期限も守れないプロデューサーはいりません!的な…?」
「いや、俺にそんな権限ないですから!」
「で、でも図書委員ってけっこう権力があるって」
「確かに蔵書は思いのままですけど、生徒を退学にさせたりはできませんよ〜」

落ち着いてくださいね、とつむぎ先輩の手がそっと頭に触れる。子どもをあやすようにトントンと何度か叩かれて、焦りまくっていた心が少しだけ落ち着いた。うん、よく考えたら返却日過ぎただけで退学なんて、いくら夢ノ咲でもさすがにないと信じたい。たぶん。

「つむぎ先輩ありがとうございます、なんか落ち着きました」
「そうですか?良かったです〜。名前ちゃんは退学なんてなりませんよ、こんなに頑張っているんだし、大丈夫です」
「ええええ、わかんないですよ…!衣装だって時間かかってるし書類まとめるのも遅いしステージのことだってまだ要領よくできないし慌てて廊下走ったら椚先生に怒られたし、こ、これで本の返却日も守れなかったら……退学やむなし…」
「いやだからなんでまたそこで落ち込むんですか?もう、女の子ってほんとによくわかりませんね…」

呆れたようにため息を吐いたつむぎ先輩に、退学やむなし案件がまたひとつ心の中に追加されてしまった…プロデューサーがアイドルに弱気なところ見せちゃダメってに〜ちゃん先輩にも言われてるのに。
明らかに困ったなあという感じのつむぎ先輩に申し訳ない気持ちがどんどん大きくなる。もしかしなくても、私今すごく面倒な後輩になってるよね…?せっかく落ち着かせてくれたのに、自分の言葉で落ち込んでるめんどくさい後輩だよね…?
これでさらに泣いたりなんかしたらつむぎ先輩をもっと困らせてしまうのはわかってたんだけど、ここ数日の失敗とか注意とかも思い出してしまって視界がジワジワと滲み始める。そういえばKnightsのポスターデザインやったときセンス悪いって瀬名先輩に何回もダメ出しされたんだ……りつくんはあんずが起こすと起きるのにわたしが相手だと愚図ってちゃんと起きてくれないし………

「ゴ、ゴミでごめんなざい〜〜〜」
「ええっ!な、なんでいきなり泣くんですか?!なんで?!」
「わたしはあんずじゃないからりつくんも上手く起こせないんでず〜!」
「俺の時といい、なんでそんなに頻繁に誰かを起こしてるんですかね…?!プロデューサーとしての仕事も忙しいんだから、頼めるところは他の人に頼めばいいでしょう」
「りつくん起きないと活動できないし…あんずは一人でできてるし…」
「他の人と比べたって良いことなんかありませんよ〜?ほら、まず顔を上げてください」

俯けていた顔を上げると、つむぎ先輩の顔が思ったより近くにあって驚いた。目線を合わせるように屈んでくれた先輩が、それだけでよくできましたと言わんばかりに目元を柔らかく下げる。

「最近の名前ちゃんはとっても頑張ってましたよ。たまに見かけましたけど、いつも廊下を走ってましたねえ」
「それは蓮巳先輩に一生分怒られました」
「ああ、敬人くんはそういうとこ厳しいですからね」
「要領が悪いから廊下を走るんだって」
「あはは、彼なら言いそうですね。でも、名前ちゃんは名前ちゃんで、ゆっくりでいいから前に歩いていけば良いんですよ」
「うう、ふ、ふぁい…」
「えっ、さ、さらに泣かせてしまいました…?!俺なんかが偉そうにお説教したからですか…?!ごめんなさい、な、泣かなくていいんですよ〜いいこいいこ」

いつもは頭にそっと触れるだけの手が、今日は少し乱暴に髪の毛をかき回す。ここへ来た時のわたしくらい慌て始めたつむぎ先輩に、鼻声ながらもありがとうございますとお礼を言うと、少しキョトンとした後にこりと微笑んでくれた。
柔らかく下がった目元、残像みたいに記憶に残るメッシュの色、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を直してくれる遠慮がちな手。全てに胸が軋む。この前、いたずらっぽく笑った嵐ちゃんの言った通りだった。







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