宇宙にビーズを撒いたら流星群


「つむぎ先輩だいじょうぶだったかなあ」

チクチクと衣装を繕いながらふと口をついて出た言葉は、ここ数日常に心に引っかかっていたことだった。考えすぎてつい口からポロリと飛び出た言葉に、いっしょに縫い物をしていたに〜ちゃん先輩が不思議そうに顔を上げる。

「つむぎちんがどうした?ていうか名前、つむぎちんのこと知ってたんだな〜?」
「知ってたというか、いろいろあって…あっに〜ちゃん先輩ってつむぎ先輩と同じクラスでしたよね?憔悴しきってませんでした?」
「いや、つむぎちんにいったい何があったんら〜?!ふ、ふつうに元気…だと思うぞ……?」

たぶん、と続くに〜ちゃん先輩の言葉に不安な気持ちが大きくなった。いつも困ったように眉を垂れているつむぎ先輩に、さらなる負荷をかけてはたして大丈夫だったんだろうか。日々樹先輩のいたずらなんて心臓に悪いものばかりだし、それでなくてもあんなにびっくりしやすいのに…
玉留めをしながらふう、と息を吐いて衣装の仕上がりを確認する。うん、自分で言うのもなんだけどよくできた気がする。に〜ちゃん先輩も「いい感じだな〜!」と喜んでくれたからわたしも嬉しくなってしまう。あとは光くんと、しののんの分が終わったら今日はもう終わりだ。帰る途中につむぎ先輩に偶然会うことがあるんだろうか……。ないかな…。気になるなあ。

ふと、に〜ちゃん先輩が何かを思い出したようにあ、と声を上げる。

「そういえばここくる途中つむぎちん図書室で見たぞ。もしかしたらまだいるかもな〜?」
「あ、後で寄ってみます!」




図書室の扉を細く開けると、に〜ちゃん先輩の言ったとおりつむぎ先輩が図書カウンターの向こう側に座って、本を読んでいるのが見えた。特に疲れた様子もないし、本当に元気そう。よ、よかった。
声をかけて図書室に入ると、つむぎ先輩が本から顔を上げる。

「ああ、名前ちゃんこんばんは。今日も日々樹くんのおつかいですか?」
「いえ、つむぎ先輩は元気かなって」
「ええっなんで名前ちゃんが俺なんかの健康を気遣って…?俺が元気ではいけなかった…?!もしかして呪い的なものをかけていて様子見...?」
「なんでですか!違いますよ、この前日々樹先輩に散々からかわれて、疲れちゃってないかなって」
「日々樹くんに?」

顎に手を当てて考え込んでいたつむぎ先輩が、ああ!と声を上げる。どうやら思い出してくれたらしい。確かに数日前のことだけど、忘れてたってことはやっぱりそんなにびっくりはさせられなかったってことなんだろうか。よかったけど、つむぎ先輩ってちょっとしたことですぐ驚きそうだから、日々樹先輩の目に止まらないはずはないんだけどなあ。何かあったのかな。

「わざわざ心配してくれたのに申し訳ないんですけど、別に大してからかわれたりなんかしてませんよ〜」
「そうなんですか…?」
「移動教室から帰ってきた時、机に薔薇の花びらが敷き詰められていたくらいですかね」
「いや、びっくりしますよそんなの!こわいじゃないですか!」
「でもそれだけですし。日々樹くんだって、好き好んで俺なんかに関わりたくないと思いますよ」

柔らかく下がった目元とそのきっぱりとした言葉がまったく不釣り合いで、なんでですか?なんてとても聞けそうになかった。わたしはまだまだ新参者だから日々のプロデュースとか授業に精いっぱいで、アイドル科の過去をよく知らない。いろいろあったらしいっていうのは聞いてるけど、三年生はきっとその渦中にいたんだろうしつむぎ先輩も話したくなさそうだし。

「あの、よくわからないけどつむぎ先輩が元気なら良かったです」
「はい、俺は元気ですよ。ありがとうございます、名前ちゃんは優しい子ですね」

つむぎ先輩の手が不意にわたしの頭にのびる。少し骨ばった大きな手が髪を整えるように撫でて、すぐに離れていった。本当に一瞬のことだったけど、また心臓が喉元までせり上がってきたような感覚に襲われる。ドキドキする。この前もそうだったけど、つむぎ先輩は顔色ひとつ変えてない。女の子のことわからないとか言ってるのに、こうやって簡単に人を動揺させるのはさすがアイドル科というか、魔法使いユニットというか……。

「あれ、なんだか顔が赤くないですか?」
「あ、赤くないです!」
「そうですか?なんかリンゴみたいになってますけど……?」
「なってません!なんか、あの、あれです…そう、さっきから先輩の読んでた本が気になりすぎて」
「ええっ言ってくれればいいのに〜!俺は何度も読んでるので名前ちゃん借りますか?」

少しだけくたびれた本の表紙には『より良い人生を送りたければ方角を知れ!』と書かれていた。どうしよう、ドキドキしてるの気づかれたくなくて咄嗟に言ってしまったけどまったく興味がわかない。つむぎ先輩が嬉しそうに貸し出し手続きをしているのを、見守るしかなかった。







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