やわらかく渦巻いて


「おはようございます名前さん!」
「うううわああああ?!……………えっ、ひ、日々樹先輩が、日々樹先輩の髪の毛がない?!?!うそ?!」
「昨日あなたが本を借りに行ったままあまりに帰ってこないので切ってしまいました!」
「な、なんで?!なんで私が帰ってこないだけで髪を?!ご、ごめんなさい!」
「いまさら謝ってもらっても遅いです、さあさあ、あなたはどうしますか?」
「え、ど、どうって…どうすれば…?!」
「あなたはプロデューサーでしょう?自分で考えなさい」
「そんなこと言われても…」

朝登校してきたらいきなり丸坊主になってるアイドルに、私なんかができることある?そんなのもう手遅れじゃない?ていうか周りのみんなもまたか〜みたいな顔して通り過ぎて行くのやめてほしい。とても助けてほしい。ここに友也くんか北斗くんがいたらなんとしてでも助けてくれるのに、二人の姿はどこにもない。
「さあ、あなたはどうするんでしょうか?」と腰に手を当てる日々樹先輩は、髪がなくなったというのにまったく動揺する気配もないから冷静に考えたらこれはかつらだ、丸坊主用のかつらを被っているんだ。だけど日々樹先輩のことだから本当に髪を切っていたって不思議ではない。そう、じゅうぶんにありえる……わ、わからない!

「あの、それ…かつらですよね…?」
「いいえ!あれだけの髪を押し込んだらおかしくなるでしょう、しかしどうです?私の自然な頭は」
「う…たしかに…」

そう、ボリュームもおかしくないし何より継ぎ目が見えないのだ。これはもしかして、本当に日々樹先輩は丸坊主に……?私が本を借りるのが遅かったせいで…?丸坊主でもさすがにかっこいいけどそういう問題ではない。
さあっと顔から血の気が引いたのがわかった。膝から力が抜けてその場にへたりこむ。アイドルを支えるプロデューサーのはずなのに、わたしは取り返しのつかないことをしてしまった…!
許してもらえるとは思えないけど、とりあえず土下座をしようと手をついたとき、後ろからものすごく慌てて日々樹先輩を呼ぶ声が聞こえる。バタバタと音を立てて走ってきたその人は、昨日のつむぎ先輩だった。

「おや先代さん、朝から騒々しいですねえ」
「いやいや日々樹くんちょっと聞いてください……あとそのかつら後ろは少しだけ継ぎ目が見えてますよ〜」
「えっやっぱりかつら!」

慌てて飛び起きて日々樹先輩のおでこをよく見ると、薄くだけど確かに境目が見えた。興醒めしたような先輩がさっとかつらを取ると、途端になだれ落ちてきた長い髪の毛。どこにしまっていたんだろうか気になるけど、不機嫌そうに眉を寄せた日々樹先輩に聞ける雰囲気ではなかった。

「そうして無粋にネタばらしをされるとはおもしろくないですね」
「あはは、すみません日々樹くん…でも、昨日名前ちゃんが遅れたのは俺のせいなので、あまりからかわないであげて下さいね」
「あなたのせいとは?」
「貸し出しカウンターで俺が寝てしまって」
「ぶん殴ってでも起こせば良かったのに」
「ええええ!」

ボソリと呟かれた言葉にとてもびっくりして思わず叫んでしまったけど、つむぎ先輩は気にした風もなくニコニコ笑ってるだけだし、日々樹先輩はつまらなさそうに自身の髪の毛をくるくると指に巻きつけているし、三年生ってこれがふつうなの…?
なにか話さなければ、と口を開くんだけどなんのことばも出てこない。日々樹先輩が諦めたように、ふう、と短いため息を吐いた。

「では、あまり楽しくはなさそうですが今日はあなたをからかうことにしましょう」
「はい〜ぜひそうして下さい」
「ああ、まったく楽しくなさそうですねえ…」

嫌そうに首を振りながら、日々樹先輩は演劇部の部室があるほうへ行ってしまった。
ゆらゆらと揺れる長い髪の毛をポカンと見送っていると、不意に手を掴まれる。つむぎ先輩が、申し訳なさそうに眉を下げながら私の手についたゴミなんかを払ってくれていた。

「すみません間に合わなくって…女の子に土下座なんかさせてしまいました……」
「いやいやそんな、なんでもないですけど…でもつむぎ先輩は大丈夫なんですか?今日一日中からかわれるなんて…」
「俺のことはいいんですよ〜。俺のせいなのに心配までしてくれて、名前ちゃんは優しいですね」

嬉しそうに目を細めたつむぎ先輩にそのままキュッと手を握られて、心臓が大きく音を立てた。ほんの一瞬で手は離れていったけど、まだドキドキとおさまらない胸を抑えるようにして手を当てる。キョトンとした顔のつむぎ先輩が「どうかしたんですか?はっ……ま、まさか病気?!」と慌てだしたから必死で首を横に振った。







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