昨日を繰り返す人と今日を繰り返す人と明日を繰り返す人


昨日を繰り返す人と今日を繰り返す人と明日を繰り返す人

#昨日を繰り返す人と今日を繰り返す人と
神羅に、タークスに入ったことを後悔しない時が、ないわけじゃない。軍事学校を出てたってぜんぜん他の職業に就く子は珍しくないし、むしろこんなに活用しちゃってる人のほうが珍しい。選択肢がなかったなんて、きっと、人を殺す人生を選んだ言い訳にはならない。言い訳をしながらも前に進むしかないのなら、もう考えるのをやめたらいいのにそれもできない。タークスは好きだ。みんな気のいい人たちばかりだ。でも、タークスのみんなのために人を殺すわけじゃない。

昨日の任務はことさらうまくいった。うまくいかないはずがないのだ。向こうはただ普通に仕事をして、普通に家族の元に帰って、普通に笑う戦闘経験なんかない人間なんだから。ただ、ひっそりと反神羅組織に所属してて普通よりも頭のいい優秀なハッカーだったんだけど。任務がうまくいった時ほど、自分に言い訳をする。殺していい理由を探している。
人のいないガランとした本部で、自分の手を無機質な光を投げる蛍光灯に翳してみた。あまり日に当たらないせいか、やけに不健康な色をしてる以外、普通の手だ。どこにも汚れなんかないしシスネやレノたちみたいに握力のいる武器じゃないから、節くれだったりもしていない。どこにでもあるありふれた、ただの手だ。蛍光灯に向かって、銃を撃つ真似をする。あまりに慣れすぎた動作に、手が、心が軋みもしない。

コツコツと廊下から足音が聞こえる。この階はタークスしか使ってないから、誰か帰ってきたんだろう。誰か気軽に話せる人だったらいいな。主任とツォンさんだと、ちょっと緊張するな。できれば、できればだけど、なんとなく、今会うならレノがいい。

「お疲れ〜っす…あ?名前だけか?」

会いたい人に会えたのがこんなに嬉しいのか、と自分でも驚く。嬉しいと思ったのが顔に出てたのか、レノは怪訝そうに眉を寄せたけど特に何か聞くわけでもなかった。

「もう任務終わり?」
「お〜…今日の見回りもタルかったぞ、と」
「いいことじゃん」
「良くねぇ。暴れてぇ」
「レノいっつもそればっかり…ねえ、じゃあ昨日は?昨日はどうだったの?」
「は?」
「昨日の任務」
「昨日の任務?昨日、昨日は…昨日は、護衛、だったか?」
「覚えてないの?」
「覚えてるっつの!つまんねぇ任務だったってことは覚えてるぞ、と…確か護衛だ護衛、あ〜っと、なんか科学部門のお偉いさんの」
「てきと〜」
「いんだよ昨日のことなんか」
「レノって適当でバカだよね」
「あん?喧嘩売ってんのか?名前ちゃんじゃ秒殺だけどやってやるぞ、と」
「明日も仕事あるからいい」
「クソ真面目人間」

自分のデスクに乱暴に腰掛けたレノが、銃扱う奴はみんなこんなんなのかよ、そうブツブツ呟いてるのがなんだか面白くて笑ってしまう。武器別性格診断とか、やってみたら面白そう。わたしとツォンさんはたぶん似たり寄ったりなことになると思うし、レノは新入りの男の子ときっと似てる。タークス全員揃ってる時にやってみたい。早く、全員揃わないかなあ。

「あ」
「あ?んだよ。どーした」
「や、わかった」
「何がだよ、と」
「いや、うん。あの、あれだよ、レノに関係ないことがわかった」
「…名前ちゃんよぉ、頼むから会話にしてくんねえかな〜」
「やだ、レノには言わない」
「じゃあ声に出すなっての…あ…あ〜俺のこと好きとかそういうやつか?悪ぃけど電波とは付き合わねえことにしてるから」
「ちっがう!しかもなんで振られてるのわたし!」
「あと貧乳もな〜」
「貧乳っ…!…レノ最低…帰る…もうレノのこと知らない…」
「あ?帰んの?報告書手伝ってけよ。一杯奢ってやるぞ、と」
「えっ珍しい!うんいいよ、手伝っても」
「お前は牛乳にしとけよ、マシな胸になるかもしんねーからな」
「…やっぱり帰る」

歯を見せて屈託なく笑うレノに、少しだけかたかったわたしの頬も柔らかく溶けていく。レノといると明日のことを考えることができるって、言ってみたい。なんとなく気まずくなりそうで、言えないけど。

「おい、こっち来てちゃっちゃと報告書やってくれよ〜、と」
「手伝うだけです!」




#明日を繰り返す人
柔らかい薄ピンク色をしたカクテルをチビチビと飲む名前の目元は、幸せそうに垂れていた。細い足のカクテルグラスを両手で持っているあたりが妙にガキくさいというか、まあ、良い女感は皆無だ。でも、自分の奢った酒をこんなにうまそうに飲んでもらうのは悪くない。そういえば、こいつと飲みに来たのなんてこれが初めてか?タークスで飲んだりはするけど、俺はプライベートで同僚と会ったりはしねぇからな…

「レノ、これ甘くっておいしい」

カクテルと同じくらいふわふわした声で、自身の持っているグラスをゆらゆらと揺らす。いつの間にか半分近くまで減った薄ピンクの液体が、音も立てずに揺られている。こいつ、ペースとか考えて飲んでんだろうな。そういう酒こそ酔いやすかったりすんだぞ。
自分の頼んだ酒を一口煽ると、喉が心地よく焼ける感じがたまらない。名前が興味津々といった目で俺の持っているグラスを見て、「こおりがまるい」そう舌足らずに言うもんだから不覚にも少しだけ可愛いと思った。クソ、ほんとに不覚だ…

不意に、グラスを持つ手にチサの小さな手が重ねられる。遠慮も計算もなにもなく、ただぺたりと重ねられたその手は意外なことにあまり温かくはない。こいつ、体温高そうなのにな。何をするのかちょっと気になったこともあって、特に何も言わずにやりたいようにさせてみる。しばらくグニグニと俺の手を弄ったり引っ張ったりしていたと思ったらパタリと止まる。何がしてぇんだと聞く前に、不機嫌そうに唇を尖らせた名前が口を開く。グロスも何も塗ってない、少し荒れている唇。

「わたしもそれ飲みたい、ちょうだい」
「ああ?お前には無理だっての。っつーか、もう酔ってんじゃねぇか」
「酔ってない」
「酔っ払いはみんなそう言うんだよ」
「のみたい」

にっこりと、場違いなほどの笑顔を見せた名前が、くっつくようにして肩を寄せてくる。何だこいつ、酒飲むとこうなんのかよ。普段のアホさを知ってるだけに吊り橋効果ものすげぇぞ。華奢な肩が俺の腕に押し当てられて、思わずその肩を抱きそうになる。いや、俺今なら名前のこと抱けるかもしれねぇな。酒の威力ってのはすげえ。
唇の、少しだけ切れている赤い線を舐めてみたい。普通の女だったら全然オッケーなんだけど、こいつはどうなんだろう。
名前の唇に指を添える。何も塗ってないと、こんな感触になるのか。そのままなぞるように指を動かすと、くすぐったかったのかむずがるように唇が動いた。いやいや、ヤベェって…さすがに同僚に手だしたらまずいだろ、いや、まずいか?やっぱまずいよな?…付き合うとかじゃねえしいいか?いや、余計ダメか?

「レノの手、綺麗だね」

唇に中途半端に置いたままの手に、また手が重ねられる。さっきと違って、俺の手を手だと確信しているような触れ方だった。くすぐったいほど柔らかい力で触れられて、ぞくりと背中が粟立った。

「あのさ、レノの手好き」

手だけか?思わずそう聞き返しそうになって、慌てて言葉を飲み込む。何聞きそうになってんだ、相手は名前だぞ。頭の固くてクソ真面目人間でやかましいアホな名前だぞ。

「あのね、さっき言いかけたこと何かっていうとね」
「あ、ああ?さっき?さっきって…いつの話だよ、と…」
「わたし、レノに会いたかったの」
「は?」

俺のあげた間抜けな声がやけに店内に響いた。シックな店内に似つかわしくない、素っ頓狂な声だ。誤魔化すようにグラスを口に付けるが、酒はだいぶ薄くなっていた。クソ、締まらねえ。名前もさっきよりはだいぶ意識がしっかりしてきたのか、この、俺たちの間には似合わないやけに真面目な空気に目を泳がせ始めている。つーか、何つータイミングで酒抜けてんだこいつは。言いきってから目さませアホ。

「あの、あのね、ちがうんだけど、会いたかったのはね」
「お、おお…」
「好きとか、そういうんじゃなくって、ただね」
「頼むから落ち着けって」
「ただ…ただ、元気になりたくって…」
「…お前、俺がいたら元気になんのかよ?」

名前がきょとりと目を瞬かせる。不規則なリズムで数回パチパチと瞬いた後、たぶん、となんとも適当な返事が返ってきたからなんだか力が抜けた。なんなんだよこいつ。お前の方がよっぽど適当だろバーーーカ。

「なあ、スッゲーキツい酒、なんでもいいからくれよ、と」

かしこまりました、そう返す店主の声に被せるように、場違いにも程があるほど明るい声で「わたしも!」と宣言した名前の頭を一発叩いた。








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