お皿の上の白夜と極夜


やっと仕事を終わらせて帰る頃には、もうとっぷりと日が暮れていた。結局私の仕事を手伝ってくれる人はだれもおらず、だいぶ早い時間にお疲れ〜と言い残して早々と帰っていってしまった。社会人って厳しいなあ…。
ぐうと鳴ったお腹をさする。今からスーパーに寄ってご飯をつくるなんて絶対にやりたくない。どうしたもんかと考えを巡らせていると、今日朝入ったパン屋さんを思い出した。そういえば、イートインスペースがあったような気がする。
それを思い出した自分を自画自賛しながらパン屋の方向に歩き出すと、途中の街灯の下で一人ポツンと立っている人がいた。何をするでもなく所在なさげに佇むその人はめちゃくちゃに怪しい。学生みたいだけど、変な人だったら嫌だなあ…でもそこを通らないとパン屋に行けないし…….。
迷ったけどまたお腹が鳴ったので、なるべく目を合わせないように道の端を歩く。途中で好奇心に負けてチラリとその人を窺うとなんだかとても知っているような、知らないような。ちょうど前を通り過ぎようとしたとき、ああっ!と声を上げられる。驚いてマジマジとその人を見ると、朝ぶつかった男の子だった。たしか、アイドル科の、つむぎくん。

「あのっ、やっと会えました!」
「つ、つむぎくん?え、ええ、なんでこんなところに」
「俺、あなたにぶつかっておいてパンまでもらってろくにお礼も言ってないことに気付いて…しかも、今日黒板消し落ちてこなかったしなつめちゃ….なつめくんも俺を罵らなかったし、それもあなたからラッキーアイテムもらったからかなって」
「え、なに…黒板消し……?」
「はい、俺が教室に入るとだいたい落ちてくるんです」
「えええ…だ、だいじょうぶ?」

満面の笑みで「大丈夫です、ありがとうございます」って言ってるけど笑顔で話すことじゃなくない…?聞こえてくる情報とつむぎくんの表情がまったく一致しない。

「とにかくお礼が言いたくて……あと、俺にできることならなんでもします!」

また頭を下げるつむぎくんに、朝の繰り返しの続きを予感して慌てる。なんとかこの場を切り抜けようと出てきた言葉は「つむぎくんお腹空いてない?」だった。タイミングを見計らったみたいにぐう、とお腹が鳴る。何度かパチパチと瞬きを繰り返したつむぎくんは、自信なさそうに口を開く。

「じゃあ、いっしょにご飯でもどうですか?もし、俺でよければ、ですけど」





「こんなつもりじゃなかったんだけど」

不満をめいいっぱい顔に出したつもりだったけど、目の前に座ったつむぎくんはとても満足そうにニコニコと微笑んでいる。
お腹が減っていたから目についたパンを片っ端からトレーにいれて、さあお会計だ、と思ったらつむぎくんが横からなんでもないように払ってしまったのだ。こんなときだけやたらスマートなのは、アイドル科だからなんだろうか。
高校生に奢ってもらうなんて気が引けるけど、言い出したら聞かないのはここにつむぎくんがいることで証明されている。素直にお礼を言うと、嬉しそうに目尻が下がった。

「ご恩が返せてよかったです」
「大げさだなあ」
「大げさなんかじゃないですよ!ぶつかった時はラッキーアイテムを疎かにした自分を呪いましたけど、今日はとても穏やかに過ごせた気がします」
「う、うん…それは良かったね」
「はい、ありがとうございます」

穏やかのハードルがすごく低そうだけど、と口をついて出そうになった言葉を飲み込む。

「アイドル科って、そんなに毎日……その、刺激的なの?」
「う〜ん、まあ、全部俺のせいではあるので」
「そ、そうなの?」

そんなに手ひどい扱いを受けるような子には見えないけど。ちょっと変わってるけど、穏やかでおとなしい子ってかんじだし…。
在学中の頃からアイドル科の内情は噂で聞いていたし、もしかしたら今でもいろいろあるのかもしれない。でもまあ、困ってないようだしいいか。

「つむぎくんもパン食べなよ」
「えええ、そんな、いいですよ!悪いです!」
「悪くないよ〜高校生がコーヒーだけ飲んでる前でこんなにパン食べてるほうが悪いよ」
「俺のことは気にしないで下さいっ」
「気にするよ、ほら、あーん」
「あっ…?!じ、自分で食べます〜!ありがとうございます!」
「こちらこそ、ごちそうさま」

少しだけ目元を赤くしたつむぎくんは、やっと年相応に見えた。







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