まぼろしを光より速くぶつけて


「残念!今日の最下位は獅子座のあなた!」

出勤前にコーヒーを飲みながらなんとなくつけたテレビからは、ピンポイントでとても残念な情報が流れてきた。朝一番でつけた占いで最下位予報聞くことなんて、それがもう最下位を表しているような気がする。占いなんて別に気にしないけど、これはなんとなく気分悪い。
まるまるとしたゆるキャラが、眉をハの字に下げてラッキーアイテムを紹介している。

「そんな獅子座のあなたにぴったりのラッキーアイテムはフランスパン!おしゃれなパン屋さんに出掛けてみたらどうかな?」

フ、フランスパン?と思わずテレビのまえで呟いてしまったのは私だけじゃないと思う。フランスパンなんて各家庭にあるものじゃなくない…?なんなんだこの占いは…誰なんだ作った人は……。
仕事の前に、朝から無数の疑問を抱える羽目になったのがもうすでにツイていない。なんとなく心に引っかかったラッキーアイテムを、会社に行く前に買おうと決心してコーヒーを飲み干した。


☆ミ


「ああもう、久しぶりに帰ってきたと思ったら」

朝起きてリビングに来てみると、そこは昨日見た光景とだいぶ違っていた。しっちゃかめっちゃかに散らかったリビングのソファーで、母親が幸せそうに眠っている。文句の一つでも言ってやりたいが、ここまで俺なんかを育ててくれた恩を思うと何も言えなくなる。
そっと毛布をかけて、テレビをつける。ちょうどいつもチェックしている朝の占いがやっていた。ザッとランキングに目を通すと俺の星座がない。嫌な予感がする。

「残念!今日の最下位は獅子座のあなた!」

ああやっぱり。いや、この惨状を学校に行く前になんとかしないといけない時点で、もう今日が最高にツイていないのはわかっていた。
でも、今日は図書室に新しい蔵書が入ってくる日だし、次のライブに向けて話し合いもしなきゃいけないし、そういえば手芸部に新しい生地を発注しなきゃいけなかったし大切な用事が山とある。なんとしてでも運気を上げなきゃ。
ラッキーアイテムが伝えられるのを、片付けながらじりじりと待つ。眉をハの字にしたゆるキャラが、出てくる。

「そんな獅子座のあなたにぴったりのラッキーアイテムはフランスパン!おしゃれなパン屋さんに出掛けてみたらどうかな?」

「フ、フランスパン?」

思わず口に出してしまうほどには驚きの結果だった。え、キーホルダーとかじゃ、だめなんですかね…?そんな小さなものでは俺の運気は上がらないっていうことか…?もしそうなら絶望感がすごい。

すやすやと眠る母親をチラと見る。この部屋を片付けて、学校に行くまでにパン屋に寄れるだろうかと考えた。無理だ。

☆ミ


「ありがとうございました〜」

店員さんの明るい声を背に受けて、朝よりはだいぶマシになったテンションでパン屋さんを出る。まさか家の近くにこんないいパン屋さんがあったなんて。ラッキーアイテムのおかげだとしたらその効力はすごい。
占いにはまってしまいそうだなあ、と思いながらカバンからはみ出したフランスパンを撫でていると、前方から慌てた様子で人を避けながら走る男子学生がいる。さては学校に遅刻しそうなんだな。少し前も自分はああだったなあ、なんて余計なことを考えていたからいけないのか、その男の子がチラと腕時計に目をやったタイミングが悪かったのか、通りの真ん中で男の子と派手にぶつかってしまった。
尻餅をついて目を白黒させるわたしと、わたしを挟むようにして倒れ込んだ男の子。少女漫画みたいな展開から、まず先に目覚めたのは男の子だった。眼鏡の向こうの目が途端に潤み出す。

「ごっ、ごめんなさい!俺、前ちゃんと見てなくて!あの、怪我とか、大丈夫ですか?骨折とかしてませんでしょうか?!」

体を起こした流れで土下座しようとする男の子にドン引きしながら、必死で大丈夫だと繰り返すとやっと顔を上げてくれた。情けなさそうに垂れた眉と、やっぱりまだ潤んでいる目がかわいそうでこっちもいたたまれない…あと、まだ道路で正座して手をついてるポーズは崩そうとしないためとても周りの視線が痛い。

「あの、わたしは本当に大丈夫なので気にしないでください…」
「ほ、本当に大丈夫ですか?病院に行きますか?」
「わたしもあんまり前見てなかったですし、お互い様ってことで」
「えええ、そんなわけには」

責任感の強い子なのか、なかなか食い下がろうとしない。でもこのままここで謝り合いをしてたところでお互い良くないだろう。出勤時間は刻々と迫ってきている。あ、そういえば、フランスパン!

「あの〜」
「はい!すいません!やっぱり骨折とかされてますよね?!俺がぶつかったせいですよね?!」
「いや、落ち着いて…あの、私はぜんぜん大丈夫なんですけど、良かったらお願い聞いてもらえますか?」
「お願い?」

一瞬キョトンとした表情になった男の子だけど、すぐさま必死な表情で「なんでもやります!」と縋り付いてきたからまたドン引いた。いやいや、よく聞いてから決めなよ…。私が悪いお姉さんだったらどうするの…。
カバンからフランスパンを取り出す。放り出されることもなく、綺麗に袋に収まったフランスパン。

「うん、このフランスパンもらってくれませんか?」
「ええっ、俺が?」
「あの、実はラッキーアイテムだから買ってみたんですけど、私フランスパンあんまり食べないし」
「もしかして獅子座の…?」
「あっ、そうだよ!あの変な占い!」
「俺のラッキーアイテムもフランスパンなんですよ…!同じですね」
「そうだねえ、じゃあなおさらフランスパンもらってくれませんか?高校生なら、たくさん食べるんじゃないですか?」
「嬉しいですけど、転ばせておいてフランスパンをもらうなんて…」

この提案にも男の子の眉はハの字のまま動かない。真面目な子だなあ。でもそろそろ本当に行かないと遅刻になってしまう。お給料が減るの、良くない。

「じゃあね、こんなこと言いたくないんだけど」
「は、はいっ!なんでも言ってください!俺にできることならなんでもします!」
「君、夢ノ咲の生徒さんだよね?」
「はい、アイドル科の青葉つむぎです!た、退学は、思うところ多々ありますがつつがなく受け止めます…っ」
「させないよそんなこと!あのね、私夢ノ咲の卒業生なの、だから先輩命令で君はこのフランスパンを食べて下さいね、はい、終了です!」

ポカンとしている男の子にフランスパンを押し付けて、その隙に逃げるようにその場を去った。「ま、まって下さい〜!」背中にかけられた声に振り返る余裕はない。遅刻、遅刻する…!









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