両手いっぱいの夜


そういえば奏汰くんが、ちあきが心配してましたと言ってくれたので、とりあえず無事を報告しようと購買近くをうろうろしているわけだけど。実はさっきから二人を見つけてはいるんだけど、会話がおもしろすぎてなかなか声がかけられない。ナスがなんとかかんとかずっと言ってるけど、あんなに優しい奏汰くんがさっき「うっとうしいです〜」とニコニコしながらはっきり言い切ったのを聞いて腰を抜かすかと思った。あと、それにめげない千秋くんにもびっくりした。

いつまでも聞いていても申し訳ないので、購買から出てきたふたりに駆け寄る。千秋くんは両手にパンを抱えていて、わたしを見てとても驚いたように目を丸くしたけどすぐにパッと笑顔に変わる。

「名前〜!久しぶりだなあ、元気だったか?最近見かけなかったから心配していたんだぞ!」
「ありがとう、最近やっとおちついたの…それ全部食べるの?」
「もちろんだ!欲しいなら一個どうだ?」
「う、ううん、さっきお弁当食べたから」
「そうか?いやあ、それにしても元気そうで良かった!両手が塞がってなかったら抱きつきたいくらいだ!」
「えええ」

咄嗟に少し距離をあけると、奏汰くんがやんわりと私と千秋くんの間に入ってきた。とつぜんできた壁は今日も海老カツパンを持っている。前から思ってたけど、奏汰くんそれ好きなんだよね。おいしいらしいしね。

「ちあきは名前にだきつかないでください〜」
「ああ、手が塞がっているからな、安心しろ奏汰!」
「あくしゅもだめですよ?」
「なんだなんだ、なんでそんなにケチケチしているんだ」
「ぼくは名前がすきなのでほかのひとにさわられるのはやです〜」

途端にわたしと千秋くんの周りの空気がピシリと凍る。奏汰くんは、まだ私を守るようにして千秋くんとの間に立ちはだかっているけど、え、なんて……?いまなんて言ったのかなたくん…わたしは海老カツパンのことを考えていて、かなたくんが間に入ってきて、わたしのこと好きっていった……?…???

「か、奏汰…お前、名前が好きなのか…?」
「はい〜」
「そ、そうか…名前、名前はどうだ?」
「えっ!」

えっここでそれ聞いちゃうの?と思ったときにはもうふたりに真剣に見つめられていて、とても逃げ出せない状況に陥っていた。奏汰くんは相変わらずニコニコしていて何考えてるのかわからないし、千秋くんは確実に焦っている。なんで千秋くんが焦るの、焦るべきはわたしなんじゃないの、

「わたし、わたしは奏汰くんが」

この短かったようで長かった数週間を思い出す。奏汰くんがもうわたしの隣にいないと考えたとき、今まででいちばん息の仕方を忘れた。失いたくないものの、人間部門堂々一位にいる奏汰くん。これがどういう感情かはちょっと複雑で、恋愛感情かと言われればわからないけど。でも、隣にいてくれれば、わたしは少しだけ自由にしていられる。

「奏汰くんが、すき、だよ?」
「なっ、なんで疑問形なんだ!」
「え〜、好きだけど、それだけじゃないというか、同じ歌同士でライバルなわけだし」
「ジャンル違うじゃないか!」
「そうだけどわたしだってそりゃあいい成績とったり優勝したりしたいし……奏汰くんは強いグループにいて活躍して褒められたりとか、やっぱり悔しいっていうか」
「あ、ああ…事情はわかるが、それは一緒にいていいもんなのか…?」

黙り込んでしまう千秋くんに、わたしもわかんないと二人で奏汰くんに助けを求める。わたしこんなんだけど、本当に好きだった?もしかしたらオペラみたいな愛憎劇が、夢ノ咲でおこっちゃうかもしれないよ?

「まったくもんだいないです〜ぼくたち、りょうおもいってやつですね」

少しだけ頬を上気させた奏汰くんが、もういちど、ね、と首を傾げるからわたしも思わず同じように首を傾げた。同じような格好をする私たちに、千秋くんが目をまんまるくさせているのが面白くて、目を合わせて笑った。








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