表紙に流れる箔押しの星のあまた


「クラゲになりたい」
「おさかなさんはもういいんですか?」
「うん、クラゲになって漂いたい」
「クラゲは食べれませんからいやです〜」
「だからなんで食べる前提で話すの?」

クラゲになって、水族館の小さな水槽でぷかぷか漂うわたしを残念そうな顔でずっと見てくる奏汰くんを想像したらやっぱり怖くなった。いやいや、これも嘘なんだよね?いつもみたいになんでもない顔でうそですっていうよね?いつまで経ってもニコニコ笑うだけの奏汰くんに、思わず顔が引きつってしまう。

「焼いて食べないでね?」
「やいたらくらげはいなくなっちゃいます、おさしみにしてみたいです〜」
「奏汰くんならやりそう」
「うふふ」
「こわっ」

どちらともなく顔を見合わせて笑う。水族館の中は静かで、水槽を動かす音と水の音しか聞こえない。人も疎らな中、私たちの小さな笑い声がみみにひびく。

「今日さあ、初めて先生の言うような声が出たの」
「どんなこえですか?」
「お腹から、こう、うわっと出して頭に響かせるかんじの」
「よくわかりません〜」
「わたしもよくわかんないけど、でも久しぶりに先生嬉しそうだった」
「よかったですね〜名前」
「うん、この前奏汰くんに向かって叫んだとき、久しぶりにちゃんと声が出たから」
「とってもいいこえでした」
「ありがとう」

あのとき、久しぶりに自分の声をきちんと聞いた気がした。自分の喉が昔のように震えたのが、わかった。いい声をださなきゃ、がんばって感情をこめなきゃ、そんなこと思う前に、これで奏汰くんとお別れなんていやだと思ったら咄嗟に叫んでいた。まだ昔のように本調子ではないけど、確実に良い方向へ進めそうではある。
このつらい数ヶ月からわたしを引っ張りあげてくれた奏汰くんは、なんだか、かみさまかほとけさまみたいだ。

「奏汰くんは、かみさまみたいだね」

驚いたように目を見開いた奏汰くんが、かみさま、と繰り返す。

「うん、だってわたし人間のまま生きていけそうだもん」
「もうおさかなさんにならなくてもいいんですか?」
「しばらくはね、がんばってみる」

少し逡巡するように奏汰くんが、首を傾げる。ぼんやりとしていた目が、いつの間にか魚を追っているのがおもしろい。

「ぼくはかみさまっていわれるのやなので、なにかほかのいいかたがいいです」
「えええ、じゃあ、仏様?」
「やです」
「えっ、そんなはっきり」
「名前とおなじがいいですね〜」
「えーっ、じゃあ、釣り人?」
「つりびと」
「うん、だめ?」
「いいとおもいます〜」

満足そうに笑ってくれる奏汰くんの隣で、もうわたしはいつも通りに息ができている。







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