群れる光の和毛


「奏汰〜!購買行かないか?」
「ちあき、またごはんがないんですか」
「体育があるとどうしてもお腹が減ってしまってなあ…」
「ん〜いいですよ、えびかつぱんかいます」
「またそれか!バランスよく食べないとダメだぞ!」
「じゃあちあきはなすたべなきゃだめですね〜」
「なっ、ナスに栄養はないからいいんだ!」

みどりが聞いたら怒りそうだなあ、なんて考えながら、隣でちあきがナスにいかに栄養がないか語っているのを聞き流す。ちあきのナスの話なんてもう何百回と聞いているし、それよりも、最近すっかり姿を見せなくなった名前を探すほうが大切だった。
共有スペースに来て、他の科の生徒が増えたけどそこに名前の姿はない。そっとため息を吐くと、隣でちあきが「憎いナスの話を聞いているのか!」と肩を揺さぶってきてあたまがぐらんぐらんする。ちあきうっとうしいです〜。

「名前さがしてるんだからじゃましないでください〜」
「名前?ああ、とんと姿を見ないなあ…元気なのか?」
「しらないです」
「知らないって、水族館でよく会うんじゃなかったのか?」
「さいきんこないですから」
「それは心配だな…何かあったんだろうか」

アイドル科の流星隊に所属していると伝えたときから、なんだかすこしおかしいな?とはおもっていたけど。

「連絡してみたらどうだ?」
「れんらくさきしらないです」
「じゃあ声楽科行ってみたらいいじゃないか」
「いってもいいんでしょうか」
「声楽科はまだ交流があるし、良いんじゃないか?棟も近いし」

音楽科よりは行きやすいだろう!と笑うちあきに、そうじゃなくてと声を上げたがもうちあきの中でぼくが名前に会いに行くのは決まったらしかった。あの日逃げるように帰ってしまった名前を、ぼくがおいかけてもいいんだろうか。ちあきと会う前のぼくのような名前を放っておけないなんて、それはめいわくではないんだろうか。




帰り際に「名前の様子また教えてくれな!」とちあきに言われればもうそれは声楽科に行くしかない。もやもやと考えていたこともまあいいかと蓋をして初めて声楽科に来たけど、アイドル科とそう大きくかわらなかった。アイドル科も発声やボイトレがあるしたまに合同で授業もしたりするから、見知った顔もたまにいる。そのうちの一人をつかまえて名前のことを聞くと、練習室で見たと言うので行ってみることにした。

アイドル科の練習室よりはこじんまりとした部屋の一番端に、名前がいた。覗き窓から様子を見ると、つまらなさそうにピアノに突っ伏している。

ノックの音を聞いて、のろのろと顔を上げた名前だけどぼくの顔を見てとても驚いていた。勢いよく開かれる重いドア。

「奏汰くん、どうしたの?!」
「さいきんすいぞくかんにいないのでどうしてるかな〜と」
「えええ、わざわざ来てくれたんだ…ありがとう」
「ちあきも名前にあいたがっていましたよ」
「あ〜もうあれ以来だもんね、わたしも会いたいなあ」
「名前は、ぼくにはあいたくなかったですか?」

途端に固まる名前に、なにかがストンとおなかのあたりに落ちてきたような気がした。ああ、名前はぼくがきらいになったから、水族館に来れなかったのか。理由がわかってスッキリしたのと同時に、ひやりと冷たいものが喉元を駆け上がってくるような気さえする。水族館が癒しだと笑う名前を思い出して、努めてなにもないようにふるまう。そういうことは、とくいなはずだ。

「ぼくはもうすいぞくかんにいきません、だから名前がいたっていいんですよ」
「奏汰くん、私奏汰くんがきらいなわけじゃなくて」
「きをつかわせてしまって、ごめんなさい」
「謝んないでよ…だから違うんだって」

言いにくそうに口をもごもごする名前に、ああやっぱりおいかけてはいけなかったんだなあ、とわかる。魚も放っておいたら死んじゃうけど、追いかけたってストレスで死んでしまう。

「さようならです、名前」
「いや、ちょっと待って、嫌いとかそういうことじゃないんだって」
「またすいぞくかんをよろしくおねがいします〜」

伸ばされた名前の手を無視する。くるりと背を向けて立ち去ろうとすると、ものすごくいい声で「だから違うっていってるでしょー!」と名前のさけび声が廊下中にこだまする。ふだんのおとなしい名前しか知らなかったからこれにはびっくりしたけど、わんわんと響く声は全く不快ではなかった。さすがせいがくか。
練習室からなんたなんだと人が出てきたから、肩を上げて涙目の名前を練習室に押し込む。ガチャリと扉を閉めると、名前が顔を覆ってその場にずるずると座り込んでしまった。

「名前、どうしたんですか?」
「わたし、奏汰くんが嫌いなんかじゃないの」
「そうなんですか?ぼくがいるから、すいぞくかんにこなくなったんじゃないですか?」
「そうだけど、奏汰くんが嫌いだからじゃなくて、羨ましすぎたの」

嫉妬したの、消えそうな声で呟かれた言葉はまったく予想外のものだった。名前に、なにかうらやましがられることがあっただろうか。家のことは話していないし、学校でぼくがうらやましがられることもそうないはず。

「奏汰くん、流星隊にいるっていうから…わたしだって知ってるグループで、がんばってて、認められてて、すごいなあって思うけど、すごいなあばっかり思えなくて」

ポツポツと話すその声はだいぶ嗚咽交じりだったけど、執拗に目を擦る名前の手がじゃまで涙のいってきも流れてこない。いっそ泣いたら楽になるのに、がんばりすぎてそれもできない名前がかわいそうで、初めてこの子を愛しいと思った。
目をこすってばかりの手をそっと握る。情けなくハの字に垂れる眉と、鼻をすする音が少しまがぬけている。

「そんなにほめられたのは、はじめてです〜」
「うそだ」
「ほんとうです、ありがとうございます」
「嫌な態度とってごめんなさい」
「またすいぞくかんであいましょうね」
「うん」
「そういえばさっき、とてもいいこえでしたね〜」

嬉しそうにくしゃりと笑った名前の目から、やっと涙がひとつぶだけ頬を伝って流れ落ちる。親指でそっとぬぐいとってやれば、今まで触ったどの水よりふしぎな温度がした。







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