きっちぼくら生まれ変わったら虹か


「おさかなさんはいいなあ」
「名前、また言ってます〜」
「うん、やっぱりね、わたし魚になりたい」

だってなんにも考えずに、ぐるぐると気持ちよさそうに泳いでいるだけでいいんだもん。魚には魚の苦労があるとは思うけど、わたしはこれから被るであろう今日一番の災難を回避するためなら、一生水槽から出られないくらいなんでもない。奏汰くんが、「どうかしたんですか?」と隣で窺うようにしていたけどとても話す気にはなれなかった。
今日帰りがけに伝えられた、オーディション落選の話。講評が悪かったからきっと落ちるだろうなあなんて思ってたけど、いざこれを親に伝えるんだとおもうと逃げ出したい。怒る父も、めそめそ泣く母も、重荷でしかない。永遠にここにいたい。

「ん〜じゃあ名前がおさかなさんになったら、ここにいれてあげます〜」
「ほんと?やったあ、永久就職だ!」
「でももとはにんげんなので、名前だけはたらいてください」
「えっなんでそこだけ厳しいの…」
「はたらかざるものくうべからずですよ」
「いやそうなんだけど、魚になってまで働かなくてよくない?」

魚にできることなんて、お客さんきたらガラスをつつくとか、奏汰くんの合図に合わせて泳ぐとか、そういうこと?ガラスの向こうから、にこにこと合図をくれる奏汰くんを想像したけど予想以上に和むし楽しそうだった。うん、わたし魚になってここにいたい。

「あの、魚になったらよろしくお願いします」
「いいですよ〜じゃあ、はたらけなくなったらたべてみていいですか?」
「だめだよ?!なんでそういう発想に?!」
「めずらしいおさかなはたべてみたいです」
「もとは人間でも?!」
「もとはにんげんだったおさかなさんなんて、めずらしいですね〜」
「いや、こわ…奏汰くんこっわ」
「うそです」
「うそなの?!」
「名前はおもしろいです」

表情ひとつ変えずに嘘だと言い放った奏汰くんに、悪びれたところはまったくない。もしかしたら奏汰くんって演劇科なんだろうか。ずっと普通科だと思ってたけど、このミステリアスっぷりと肝の太さで売れっ子役者になりそう。この前友だちになった千秋くんも、声が大きいからやっぱり役者さんなんだろうな。
目の前を細長い魚がうねるように通り過ぎる。チラ、と奏汰くんを見ると、目を輝かせてその魚を追っている。ふたりで、その魚の行方を見守る。

「奏汰くんってさあ」
「はい?」
「演劇科の人?」
「いいえ?アイドル科ですよ」
「ア、アイドル科?!」
「はい、流星隊っていうユニットにいます」

何気なく聞いただけなのに、予想の斜め上からの答えを聞いて、思わず転びそうになるくらいにはおどろいた。え、アイドル科?奏汰くんが?しかも流星隊ってアイドル科に詳しくないわたしでも名前くらいは知っている。こんなにふわふわしてるけど、実力がきちんとあって強豪にいるのかあ、すごいなあ……。…

「…アイドル科って、うまく歌えなかったらうちの恥だ!って切り捨てられたりするの?」
「そういうユニットもありますけど、うちはそんなことはないです」
「そうなんだ…」
「ちあきがおこらないですからね〜」
「もし、その子のせいでオーディション落ちたとしても?」
「りゅうせいたいはかぞくですから、またいっしょにがんばります」
「そっか…いい関係なんだね」
「名前、やっぱりどうかしたんですか?」

心配そうに眉を寄せたた奏汰くんが、今度こそ目を合わせるようにして顔を覗き込んでくる。緑色の目が、水槽の中と同じようにゆらめいている。ここで、奏汰くんに聞いてもらえたら楽になると思う。思うように歌えなくてつらい、感情が歌に乗らなくてつらい、結果を残すことができなくてつらい、それで周りを悲しませたりすることがつらい。
思わず口を開きかける。だけど、ジャンルは違えど、同じ歌を歌って成功している人にそんな甘いこと言えるはずもない。

「なんでもないよ」
「うそです〜」
「奏汰くんごめん、わたしもう行かなきゃ」
「まだいてもいいじかんですよ?」
「ううん、今日は練習しなきゃ」
「いまからですか?」

そう、練習しなきゃ。期待をかけてくれてる人のために頑張らなきゃ。奏汰くんみたいになれたら、笑い話としてここで愚痴を聞いてもらおう。ばいばい、と笑いかけたとき、確かに少しの息苦しさを感じた。







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