見つめることの難しさ



みつめることのむずかしさ

「あ、レノだ」

神羅ビルのすぐ側のカフェでお昼休憩を取っていたら、通りの向こう側にひときわ目立つ赤い髪を見つけた。ポケットに両手を突っ込んで少しだけ背を曲げて、なんとなくふてくされてるような表情なのはきっと、午前中の仕事が資料をまとめることだったからだ。今日はツォンさんも本部にいたしうまくサボれなかったんだろう。
本人もそう言ってるけど、レノは本当に事務仕事が嫌いだと思う。レノって、事務仕事してるときだけ、なんかこう、張ってるものがなくなる。ああうう呻きながら事務仕事してるときだけ、触ると痺れるようなヒリヒリした膜がなくなる。神羅ビルの中でだって、雑踏の中に紛れてたって美人のお姉さん口説いてるときだって、レノはいつもどこかピンと張り詰めてる。レノは同僚だし、レノのこと殴りたいとは思っても殺したいとは、たぶん、あんまり、思ってても外に出したりしない私と話すときだって、レノは気を抜かない。きっと一生私にはレノを倒せない。ああ、でも事務仕事中だったら倒せるか…倒せるかな…?…倒せる……倒せるよこれ!

「すごい!事務仕事の時だったらレノ倒せる!」

自分の素晴らしすぎる閃きを思わず口に出したら、つい立越しにランチを楽しんでいたお兄さんがびくりと肩を揺らした。ごめんなさい、と軽く頭を下げる。いや、しかしわたしすごい。すごいところに気がついてしまった。これから、レノの理不尽さに耐えられなくなったら、書類仕事してる時に殴るとか蹴るとか撃つとかしたらいいんだ。
突然つい立越しに、小さく悲鳴が上がった。さっきのお兄さんが私のほうを見て何やら口をパクパクとさせている。違うな、私の後ろを見て口をパクパクさせている。不思議に思って振り返ろうとしたら、いきなり頭に容赦なく重いものが乗っかってきた。

「誰が誰を倒すって?」

不機嫌ここに極まれり、というくらい低く低く響いたレノの声に、隣からは慌てて席を立つ音がした。頭に乗っかった重いものは、レノが私の頭を上からぎゅうぎゅうと押し込めているからだった。

「あ、あの、レノ、あの、いつ、いつからここに…」
「すごい!事務仕事の時だったらレノ倒せる!…って〜とこからだな、と」
「な、なんで気配消して近寄ってくるの!プライバシーの侵害!」
「おっ前なぁ…仮にもタークスがんなことでどうすんだアホ」

心底呆れたようなため息を吐いたレノに、私も何も言い返せない。それは、レノのいうとおりかもしれないけど…でもお昼ご飯食べてる時くらい穏やかに食べたい…
ふっと頭が軽くなったと思ったら、レノが私の前の席に乱暴に腰掛ける。流れるような動作でメニューを手に取るから、レノもここでお昼食べることにしたんだなあと自分のお皿を引き寄せると、「ツォンさんには黙っててやるからなんか奢れ」メニューから目もあげずに言い放たれた言葉に思わず否定の言葉を叫んでしまった。やだ!むり!レノ絶対すごい高いもの注文する気だ!

「むりです!お金ないからむり!」
「じゃあ名前ちゃんが俺を倒そうとしてたこと、ツォンさんに言っちまおうかな〜っと」
「ダメ!ツォンさんそういう冗談通じないからすごい怒られるから!ごめんなさい!」
「ツォンさん冗談通じね〜って言ってたってのも言っとこ」
「私がツォンさんに倒されちゃうよ!やめてよ!」
「わかったわかった、やめてやる」

でも、じゃあどうすればいいかわかるよなあ?ニヤリと笑ったレノに、頷く以外の選択肢なんてあっただろうか。万策尽きた。餓死したらレノのところに化けて出るからね…







結局容赦なく料理を頼まれて、伝票は私が一ヶ月ここで食べ続けたってそんな金額にならないっていうくらいだった。今月はもともとギリギリの生活費しか残してなかったし、こんな出費なんて予想すらしてなかった。レノに奢るなんて給料日に予想できるはずもない。
ところ狭しと並べられた料理を、レノがすごい早さで胃に納めていく。レノ、それ、ちゃんと味わかって食べてるの?ほんとに、ヒョイ、パクっていう感じで機械的に食べてる気がしてならない。しぶしぶとはいえ、せっかく奢ったんだからもっとしっかり味わって食べて欲しいんだけど。「もっとゆっくり食べなよ」私の忠告はきれいになかったことにされて、レノは口をもごもごさせながらフォークを私の顔に向ける。行儀の悪さに思いっきり顔を顰めてみたけど、これもまたなかったことにされた。口いっぱいに頬張っていたレノが、やっと飲み込めたようで口を開く。フォークはまだ私の顔に向いたままだ。

「で、なんで名前は俺を倒したいわけ?」
「ほ、ほんきで思ってないよ!レノ同僚だし同期だし任務のときたまに優しいし、落ち込んだときレノが乱暴だけど慰めてくれるときあるし鬱陶しいけどいつも前向きだし…まあ、それ以上に理不尽だと思うけど…」
「別に理不尽なこと言ってねぇけど…ま、名前が俺のこと好きすぎってのはわかったぞ、と」
「違う!勘違いだからねそれ!ちがうから!一言も言ってない!」
「照れんなって。一応一発ヤッとくか?」
「ヤッ?!っらない!バカ!レノのバカ!そういうとこが倒したい!」
「いちいち冗談で倒されちゃたまんねーぞ、と」

きっと顔が真っ赤になってる私とは正反対に、涼しい顔をしたレノはなんでもないように食事を再開させる。毎度のことだけど、こういう時にわたしもあらあらヤらないわよウフフって大人な感じであしらえるようになりたい。過剰に反応するからレノにからかわれるのよ、とシスネはいうけど、みんなどうやって流してるの?顔も赤くなったりしないの?お付き合いした人がいない…っていうのはあんまり関係ないな…シスネも彼氏いなかったけどレノの冗談に目も動かさないもんな…これ、考えるよりももうレノ倒しちゃった方が早い。

「やっぱりレノ倒す」
「おいおい、何がどうなってやっぱりなんだよ」
「だってレノがいなかったら穏やかに過ごせるんだもん」
「ほ〜、つまりチサちゃんは、俺がいるとドキドキしすぎて思わず興奮しちゃう〜ってことか?や〜らし〜」
「なっ、だ、誰もそんなこと言ってない!やらしくない!」
「はいはい、俺のこと好きなのはよーくわかったぞ、と」
「違うっ!もうっ、もうレノの午後の任務情報処理に変えてもらう!そこで倒す!」
「宣言してどうすんだよ…アホだな〜お前」
「いいの!とにかくレノ倒す!」
「へ〜へ〜ま、がんばれよ、と」

無理だろうけどな、おもしろそうに細められた目は、それでも鋭い。普段より少しだけ尖った目線に小さく息を詰まらせると、満足そうに喉を鳴らしたレノは、やっぱりなんでもなさそうに食事を再開した。く、悔しい!







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