那由他の心臓と蛋白石


彼女に初めて声をかけたのは、実は彼女を見つけてから一ヶ月はゆうに経つ頃だった。うちにはよく夢ノ咲の生徒がきてくれるし、ぼくだって自分の家が経営していると言えど、水族館は好きだからふつうに遊びに行く。
最初はまったく気にもとめてなかったんだけど、いつも閉館時間ギリギリまで同じ水槽の前でぼんやりしてたら誰だって気になる。きょうもまたいる、きょうもまたあのすいそうのまえにいる、そんなことを考えながら観察しているうちに、いきなりおさかなさんになりたいなんて悲しそうな顔で言い出すから、思わず声をかけてしまった。先日また話したときは笑っていたけど、


「奏汰〜!昼時だぞ!俺はもう弁当を食べてしまったから購買へ行くが一緒にどうだ!」
「ちあきうるさいです、いまかんがえごとをしていたのに」
「なんだ?何を考えていたんだ?悩み事か?」
「ちがいます〜それよりぼくもこうばいぶへいきます」
「おおっ、じゃあ行くぞ!ほら、ダッシュだ!」
「いやです〜」

いっしょに行くなんて言っておいてもう勝手に走り出してしまったちあきに、怒ったところでどうしようもない。きっとまた戻ってきてくれるから、ぼくはゆっくり歩いていけばいい。ちあきがぼくのもとへ戻ってきてはまた走り去って行くのを何回かくりかえしていると、購買部へ着いた。おひるどきを過ぎたあたりだからか、人もまばらだった。購買のおばちゃんに何か話しているちあきの横で、海老カツパンを探していると、視界の端に見知った人影がちらりと過ぎる。水族館の、あのこだった。呼び止めようにも名前を聞いてなかったといま気づいた。
購買から離れて行く彼女の後を追って声をかける。おどろいたように振り返った彼女の目が、ぼくをうつすとさらにまるくなった。

「きぐうですね〜」
「ほんとだね、びっくりしたなあ」
「どこか、いってたんですか?」
「うん、職員室に用事があって」
「そうなんですか」
「水族館じゃないところで会うのは初めてだね」
「はい〜」

そうだ名前をきかなければ、と思った瞬間うしろから奏汰〜!と自分を呼ぶ大きな声が聞こえた。何事かとぼくの横からひょいと顔を出した彼女がまた目をまんまるくさせている。後ろを振り向けばちあきも目をまんまるくさせて驚いている。ちあきと女の子が、ぼくをはさんでおどろいている、なんとも不思議な状況。

「か、奏汰、お前その子はいったい……?はっ、お前まさか…」
「ちあきうるさいです、すいぞくかんでよくあう友だちです」
「そ、そうか!奏汰の友だちだったのか!俺は森沢千秋だ、よろしくな!」
「あ、名字名前です、よ、よろしく〜」

首を傾げながらもかんたんに自己紹介をしてしまった女の子。彼女の名前を知れたのも、それをいわせたのがちあきというのも、またなんだかすっきりしない。ハッハッハと豪快に笑いながら名前の手を握ってぶんぶんと振っているちあきの手をとりあえず叩いた。

「痛いぞ奏汰!」
「ちあきせくはらです〜」
「なっ、ち、ちがう!ちがうぞ名前!今のは決してセクハラなどでは!」
「あはは、大丈夫わかってるって」
「名前…お前はいいやつだなっ!」
「名前〜こういうことははっきりいわなきゃだめなんですよ?」
「奏汰お前なんかちょっとひどいぞ!」

そんなことないです、だってぼくが最初にみつけたんだから、ぼくがなまえもききたかったし、あくしゅをするのもちあきじゃなくって、ぼくじゃなければ。
ぼくとちあきが話しているところをクスクスとおかしそうに笑っていた名前だったけど、ふと時計に目をやった後慌てて「私もう行かなきゃ」とふだんぼくたちが行かない棟に体を向ける。

「きょうもまたすいぞくかんにいきますか?」

足早にここから去ろうとする名前の小さな背中に問いかける。振り返った表情は昨日見たのと同じ笑顔でなぜか安心した。







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