ホラー映画を見る


「名前〜じゃま〜」
「待って待って、あと一時間半だけ」
「長いです〜いや〜〜〜」

思いきり腕にしがみつく私を、奏汰くんは本当に邪魔そうに振り解こうとしてくるんだけど、なんとしてもこの腕を離すわけにはいかない。カーテンを閉めて暗くした部屋に、恐いと評判のホラー映画。これでひとりにされたら発狂するかもしれない。いや、する。
女の子が夜の学校に入って行くのを、固唾を飲んで見守る。さっきから、画面の端々におばけみたいなものが映ってる気がするし、木目も顔に見えてしょうがない。奏汰くんにしがみつきながら必死におばけの影を探していると、急に立ち上がられて体が斜めになる。むくれた表情の奏汰くんが、私を見下ろしている。

「名前がくっつくからからアイス食べたくなりました」
「え、うん…うち今アイスないけど…」
「だから買いに行ってきます」
「えー!うそ、だめ!行かないで!」
「やです、だから腕離してください」
「帰ってきたとき彼女の気がおかしくなっててもいいの?!」
「名前はつよいこだからだいじょうぶですよ」

にこりと微笑んだ奏汰くんは、よーしよしと空いた手で私の頭を撫でてくれる。いつもならこれに誤魔化されてしまうんだけど今回ばかりはだめだ。私の精神の生死がかかっている。なんとしてでも奏汰くんが隣にいてくれなきゃだめだ!だって映画の中の音楽がちょっと変わってきてるし!今にも何か出そうな音楽だし!

「絶対にこの腕を離さない!たとえこの腕がもがれようとも!」
「言ってること、むじゅんしてません〜?」
「してるけど!」

いよいよ映画の中の緊張が高まってきて、もうどこから何が出てきても不思議じゃない。窓におばけの顔が映ってる気がする、ドアの隙間かに何かいた気がする、女の子の足元を白いものが通り過ぎたような気がする。
奏汰くんの腕から腰に抱きつく。シャツに顔を埋めて、片目だけテレビに向ける。きっともうすぐ何か起こる、起こるぞ…起こる、起こる、

「あ、名前〜」

反射的に、おもいっきり顔をシャツに押し付ける。鼻が潰れるんじゃないかってくらいぎゅうぎゅうに押し付けて、声にすらなってない呻き声を上げていると、奏汰くんが「おばけかとおもったけど見間違えました〜」とのんびり笑っていた。腰をへし折らんばかりに抱きついている私を、奏汰くんはまだあやすように頭を撫でてくれている。
チラリと確認したテレビは、また平穏な場面に戻っていた。恐怖は不発だったらしい。

「よ、よかった……何も起こらなかった…」
「よかったですね、名前」
「うん、奏汰くんの見間違いでよかった」
「窓のあたりに女の人の顔があったので、間違えちゃいました〜」
「えっ」
「一瞬だったので」
「え、えええ」

そ、それってだいじょうぶなやつだった…?ひきつる私の顔なんか気付かないふりをして、奏汰くんは腰に回した私の腕をはがしにかかる。このタイミングで出ていこうとする奏汰くんはたぶんこの映画の幽霊よりタチが悪いんじゃないか。

「い、行かないでよお」
「やです、あついしくるしいです」
「奏汰くんだってたまにぎゅーってするじゃん…」
「でもぼくは名前を絞め殺そうなんておもってやってませんよ〜」
「私だって思ってないよそんなこと!」
「うそです、ここにいたらぼくは危ないので、コンビニにアイスをかいにいってきます」

力で敵うわけもなく、ついには解かれてしまった私の腕。テレビからは、また思わせぶりな音楽が流れ始めた。
私が抱きついていたせいで、シワシワになってしまったシャツを整えていた手を捕まえる。今度こそ本当に嫌そうな表情をした奏汰くんに、言える言葉はただ一つだった。

「わ、私も行くから、手だけ繋いでてほしいな…なんて」

少し考えるように首を傾げた奏汰くんだったけど、もちろんです〜と手を差し出してくれる。少しカサついた大きな手を握って、テレビを消す。最後に見た画面では、今度こそ女の子の後ろにおばけが立っていたのが、見えた。








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