君はどう?


残念なことに砂浜には先客がいたため私は走ったり怒ったり叫んだりなんてできなくなってしまったんだけど、そんなことより、その先客の様子がなんだかおかしくてそれどころではない。海と同じような髪の色をした男の子が、さっきからどんどん海へと入っていってるように見えるんだけど……泳ぐ、とかじゃなくてどんどん沖へ歩いていってるように見えるんだけど…?おばけ?

怪訝に思って近付いてみると、砂浜に無造作にジャケットが置かれていた。よくよく見ると私と同じ夢ノ咲のブレザーで、なんとなく親近感を感じていると綺麗に揃えられた靴が目に飛び込んできて、昨日の北斗の言葉が瞬間的に頭に浮かんだ。死ぬなよ、自殺とか、わからんだろう……

これ、自殺だ!



「そこの人!!!死んじゃだめです!ねえ!そこの、夢ノ咲の人!」

咄嗟にはいていた靴を放り投げて、なんとか男の子を引き止めようと海へ飛び込んだ。バシャバシャと飛沫がむき出しの足に跳ねてすごく冷たいし、スカートの裾ももう濡れてしまったけど、私の必死な様子に男の子は沖へ歩いていた足をふと止めた。さも不思議そうにキョトンと首を傾げている。
止まってくれたのをこれ幸いと、男の子の腕を掴んで砂浜のほうへと引っ張る。腰まで浸かってしまったスカートはまとわりついて邪魔だし、男の子は動こうとしないし、寒いし、もう、お願いだから自分で動いてよ!

「死んでっ、どうするんですかっ!私だって、一昨日振られて幼馴染には邪険に扱われたけど、死のうとは思いませんよっ、明日もご飯は美味しいですから、死んじゃだめです!」
「あの〜」
「生きてこその人生じゃないですか!何があったのか知らないけど話くらい、聞きますから!だからとにかく海から、上がりましょうっ!」
「ええと、僕は死にたいわけじゃないので、だいじょうぶですよ?」
「だから死んでどうするんですかっ…………?え?」
「海に、入りたかっただけです」
「え」
「あなたこそ、だいじょうぶですか?」

ふられちゃったんですか?やけにのんびりした声に一瞬ここが海の中なんて忘れそうになる。死のうとしてた人が実は死のうとなんてしてなくて、ただ海の中に入りたかっただけで、今その人は私が振られたことを心配している?
本当に言葉が出てこなくて、ポカリと口を開けて固まった私に、男の子がまた首を傾げた。
ううん、と顎に人差し指を当てて考える仕草をしていたと思ったら閃いたように「そういうときは、ぷかぷかすれば良いんですよ」なんて言うからさらにわけがわからない。ぷ、ぷかぷか?

「こうして、仰向けになるんです」

ザブンと波の上に仰向けになった男の子の手を掴んだままだったので、私も同じように波の上に倒れこむ。着たままだった服がすぐさま水を含んでパニックになったけど、男の子が背中を支えてくれたからなんとか波の上に漂えた。空が、とても広い。

「きれいでしょう」
「うん…うん!」
「嫌なことなんて、わすれちゃいますね?」
「うん…」
「明日も、ごはんがおいしいんでしょう?」
「……うん」
「助けにきてくれて、ありがとうございます」
「勘違いだったけど…」
「うれしかったですよ?」
「…まぎらわしいよ」
「よく言われます」

よく言われるなんて、この男の子はいったいどんな生活してるんだろう。でも、チラリと見た男の子の横顔はとても穏やかだった。
なんだか急に寒くなって、小さなくしゃみをひとつすれば、「帰りましょうか」と起き上がった男の子が手を引いてくれる。大きいけど冷たい手だった。海と同じ温度。

「ねえ、いつもこんなふうに海に入ってるの?」
「いつもじゃないです、いつもは学校の噴水です」
「学校の噴水?!」
「はい、噴水はすぐ入れますから」
「お、怒られない?」
「おこられます」
「いいの?」
「いいんじゃないですか?こんど、いっしょにぷかぷかしますか?」

同じ学校ですよね、私の顔を覗き込んだその目はとても真剣で、からかっているわけじゃないのなんてすぐわかる。髪と同じ、海の色をした綺麗な目。冷たい手を握り直しながら、うん、と頷くと嬉しそうに目が細められる。

「おこられますよ?」
「いいの、だってさっき楽しかったもん」
「そうですか」

まだいろいろと話していたかったけど、ちょうど砂浜に到着してしまったから私たちはどちらともなく口をつぐむ。寄せては返す波の音と、砂を踏む音、びしょ濡れの服から水が落ちる音、それだけ。繋がれていた手が解かれて、それをとても心細いと思った。

「ぼくは、まだもう少しここにいます」
「わ、わたしもいたい!」
「おんなのこなんだから、帰ったほうがいいですよ。着替え、ありますか?」
「あるけど、半袖と半パン…」
「じゃあ、ジャージあげます」
「えっ、でも、君が寒くない?」
「慣れてるからいいです、あなたがぬれたのは僕のせいですし」

押し付けるように差し出されたジャージには、深海奏汰と刺繍がしてあった。名前まで、海とおんなじなんだ。

「ありがとう、えっと、奏汰くん?」
「いいえ〜」
「明日返しに行くね」
「べつに、いつでもいいですよ」

スカートの下に半パンをはいて、借りたジャージを羽織ると案の定やっぱりものすごく大きかった。奏汰くん、背が高いもんなあ。何回も袖を折り曲げる。
また海のほうに目を向けた奏汰くんにばいばいと手を振って、帰ろうと振り向くとふと手を掴まれた。海の中と同じ、冷たい手。感情の読み取りにくい目が数回パチパチと瞬いて、「なまえ、聞いてなかったです」なんて今さらなことを言うからおかしくなって笑ってしまった。

「名字名前だよ」
「名前、ぼくは深海奏汰です」
「うん、知ってるよ」
「また明日?ですね」
「うん、また明日」

奏汰くんの目は、もう海のほうを映している。寄せては返す夜の海に目を向けながら、その大きな手をばいばいと振ってくれた。









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