イクラがピンクになる日


情報を集める過程が好きだ。どこを経由すればバレにくいのか、誰を使えば求める情報を正確に入手できるのか、どうやって近付けば怪しまれないのか。そして、得た情報で相手がどれだけ混乱したり驚いたりするのか、そういうことを考えているときが一番おもしろい。
隣に座っている女の子が遠慮がちに俺の肩に頭を寄せてくる。revelのみんなも知らない、少し暗い雰囲気のバーは女の子が萎縮して俺を頼りにしてくるから仕事がやりやすい。小さな頭を安心させるように撫でてやると、熱っぽい瞳を向けられる。

「羽鳥さん、ここちょっと怖いね」
「そう?落ち着いてて俺は好きだけどな」
「あの、安心できるとこ、行きませんか?」

安心できるところがどこかなんて、わかりきっている。絶妙に潤ませた目があざとい。名前ちゃんの知り合いとは思えないくらい積極的な態度だけど、この子だってもしかしたら普段は彼女のように些細なことで赤くなったりするんだろうか。

「いいよ、じゃあこれ飲んだら行こうか」
「本当?」
「うん…でも君、名前ちゃんの友だちなのにずいぶん慣れてるんだね」
「名前?うーん、そんなに親しいってほどじゃないけど…そういえば浮いた話は聞いたことなかったかも」
「ふうん」
「名前と羽鳥さんが知り合いって意外ね」
「ああ、仕事でね」
「お花屋さんだっけ?」
「そう…でもちょっと困っててさ、彼女個人に仕事を依頼したいのに、もらった名刺に携帯の番号がなくって」
「あら、じゃあ私教えましょうか?」
「本当?助かるよ」

いとも簡単に名前ちゃんの電話番号を俺に見せる女の子に、俺がいうのもなんだけど、友だちはもっと選んだほうがいいと思う。
しかし、一般人の番号を入手するんだからもっと時間がかかると思ったけど、意外に簡単だったなあ。つまらない。なんだか急に興醒めしてしまって、ワインを一気に飲み干すと女の子が途端にそわそわし出す。わかりやすくてかわいいんだけど、今はもっとおもしろいことが目前に控えているわけだし。

「ごめん、俺やっぱり帰るよ」
「えっ、なんで?」
「用事思い出してさ」
「用事って?今日じゃなきゃだめなの?」
「うん、仕事やり残してたの今思い出した」
「ひどい」
「また改めて連絡するよ…その時はもっと楽しく過ごそう」

不満そうな顔も、囁くように次を期待させてあげれば途端にはにかんだ笑顔に変わる。眉間に寄せられた皺に軽く唇を落として、多めのタクシー代をそっと握らせた。個人情報の値段にしては安かったし、簡単だった。店を出る時にはもう、知ったばかりの番号にかけていた。





「はい、名字ですけど…?」

すっかり夜の帳が下りた外は、空気がひやりとしていて思わずコートの前を合わせる。息が白くなるほど寒くはないけど、誰かが恋しくなり始める季節。さっきの子とどこかへ行ってれば、一人で寒さに震えるなんてしなくて良かったんだけど。でも警戒してか普段より怖い声になっている名前ちゃんのほうがおもしろい。

「こんばんは、俺だよ」

わざとはっきり名乗らないでみると、案の定やっぱり向こうで「オレオレ詐欺?!」なんて素っ頓狂な声をあげているからこの子をからかうのはやめられそうにない。一応彼氏の声を聞いて、オレオレ詐欺なんてちょっとひどくない?

「俺だけど、わかるかなあ」
「えっ…えー、あの、もしかしてなんですけど」
「うん」
「羽鳥さん?」
「違うけど」
「えー!じゃあいったい?!あ、間違えてしまって申し訳ありませんでした!」
「ひどいなあ、俺のこと忘れちゃった?」
「す、すみません……もう一度お名前をお伺いしても…?」
「大谷羽鳥だよ」
「えっ………や、やっぱり!」

ひどい!と向こうでひどく憤慨している声が丸聞こえだし、暴れているのかなんだか物音も聞こえるし。

「だめだよ名前ちゃん、怪しいと思ったら切らなきゃ」

笑っているのが電話越しでも伝わったのか、「はい…」という返事はものすごく不服そうだった。うん、どうせ怪しい電話をかけてきたお前が言うなって思ってるんだよね。

「今何してたの?」
「雑誌を読んでて、もう寝ようかなって…羽鳥さんは外、ですか?」
「うん、人と会っててさ」

へえ、と詳しく聞いていいのかいけないのか測りかねる、と言った声に、君の学生時代の友だちと会ってたよ、なんて言ったらどういう反応するんだろう。しかも、ただ名前ちゃんの電話番号を聞くためだけに近付いて、必要があればもしかしたら抱いてたかもなんて、言うわけないけど言ってみたい。ただおもしろそうだったからと答えるしかない俺を、どう思うんだろう。
少しだけ会話が途切れて、あの、と名前ちゃんが何かを決心したように切り出す。

「羽鳥さん、植物園とか興味ない…ですか?」
「植物園?」
「はい、珍しい薔薇を集めたイベントがあるんですけど、この前のご飯のお礼にどうかなって…」
「お礼なんか別にいいけど…面白そうだから行ってみたいな」
「ほ、ほんとうに?!」
「もちろん」
「やったー!」

喜色満面といった、パッと明るく変わる声に俺の口元が自然と綻んだ。ここまでわかりやすいっていうのも逆におもしろいものがある。植物園なんて生まれてから一度も行ったことがないし、俺の考えていた予定とはまた違ってくるけど、名前ちゃんがこんなに嬉しそうだし、まあいいか。

「羽鳥さんは、いつがお時間ありますか?」
「あ、戻った」
「え?」
「喋り方」
「あ、さっきは嬉しくて…すみません!」
「さっきのほうがいいな」
「えっ」
「もう、神楽に喋るみたいにしても、いいんじゃない?」

付き合ってるんだから、そういえば戸惑ったようなぎこちない返事が返ってくる。付き合う、なんて俺にはなんの意味もない、使い勝手の良いだけの言葉だけど「が、がんばる」
と照れた様子が可愛らしかったからたまには言ってみるものだ。素直に、かわいいね、と言うと、さらに照れた名前ちゃんが言葉にならない唸り声をあげる。冷たい風が頬を撫でたけど、自然と寒さは感じなかった。









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