ところで悪魔と契約した話する?



「もしもし名前?何?手短に言って」
「ねえあっきー…なんかわたし、大谷羽鳥さんと付き合うことになった、っぽい?」
「はあ?馬鹿じゃないの?忙しいし切るから」
「待って待って待って待って!話を聞いて!」
「聞きたくない。ああ…羽鳥をあんまり店に入り浸せないでよね、会いたくないから。じゃあね」
「待ってほんとに待って!じゃあこれだけ!これだけ教えて!あっきーの中で羽鳥さんのイメージとは?!花に例えて!」
「食虫植物」

えっ…それって花?なんて一瞬考えてる間に電話は切られていた。切られるとき、お待たせしました季節のランチです〜って聞こえたような気がするし特に参考になるようなこと言ってくれなかったし、亜貴の中でお昼ご飯>わたしっていうのがはっきりしたっていうだけ…
わたしだっておいしいランチが食べたい。昨日衝撃の告白を聞いてからまともにご飯を食べていない。そういえば、羽鳥さんと出会ってからまともに寝れてないし、ご飯も食べてない気がする。
さすがにお腹減ったとお腹をさすって時計を見たけど、花屋の休憩時間にはまだまだ程遠い。お昼時なんてお客さんはほとんど来ないけど、さすがに閉めるわけにはいかないし、パンもないしお弁当もないし引き出しに常備してるお菓子もないし。奥に何かあるかもと引き出しを漁ったけど何もない。むなしい。

「コンビニのお惣菜パンお腹いっぱい食べたい…」
「買ってきてあげようか?」

引き出しを覗き込んでいた顔を勢いよくあげると、羽鳥さんがカウンターに肘をついてニコニコとわたしを見ていた。なに、いつ来たんだこの人。ポカンと口を開けていると、「買ってきてあげようか?」と首を傾げるから反射的に首を振った。仮に彼氏だったとしても、こんなにコンビニが似合わない人に惣菜パン買ってきてなんて言えない。

「ご飯食べてないんだ?何か買ってくれば良かったね、ごめんね」
「いやいやそんな…朝買い忘れただけなので」
「へえ。なにか考えごとでもしてて?」

途端に意地悪く目を細める羽鳥さんに、わたしの考えなんて見透かされてるような気がしてまた頬が熱を持つ。羽鳥さんってずるいよね、「俺のこと考えてて?」って聞いてくれたらうんとか違うとか言えるのに。これじゃあ、亜貴が言った食虫植物だってあながち間違ってない。自分から動かないで、側に近寄ってくるようにしてる。
返事ができないでいるわたしに、羽鳥さんは「まあいいや」と、この話は終わりというように、私の頭を二回ポンポンと叩く。

「お昼休憩はいつなの?」
「あと一時間後くらい、です」
「一時間後かあ…ちょっと待ってて」

私がなにか返事を返す前に、羽鳥さんはお店から出て行ってしまった。なんだろう、もしかしてほんとにコンビニなんか行っちゃわないよね。羽鳥さんがコンビニでパンを買ってくれているところを想像したけど、想像だけで胃が冷えた。似合わない。蛍光灯も低い天井もゆるいテンションも、何もかも似合わない。
それに、仮にも付き合おうって言われた次の日に、コンビニでお惣菜パン買ってきてなんて頼む女とかどうなの?あ〜なんで惣菜パンお腹いっぱい食べたいなんて言ったんだろ!せめてケーキ食べたいとか言えばよかった!
追いかけて行きたいけど行けないし、ひとりでハラハラしながら外に顔を出して羽鳥さんを探す。

「待ちきれなかったの?」
「羽鳥さん!」

コンビニがあるほうとはぜんぜん逆方向から現れた羽鳥さんは、大きな紙袋を持っていた。それを見てまず安心した。よかった…コンビニのレジ袋とか下げてなくて………わたしの視線を勘違いしたのか、眉を下げて「コンビニじゃなくてごめん」と謝ってくれたけどむしろわたしこそすみません、惣菜パンくらい自分でいくらでも買ってきます。

「はい、お昼ごはん」

そう差し出された袋を思わず受け取ってしまったけど、なかなかに重くてびっくりした。パンではなさそうな箱も入っているし、飲み物だって見える。

「コンビニじゃないけどパンと、疲れてるみたいだしケーキもあるから。女の子なんだからきちんと食べなきゃ」
「ケーキ!」
「うん。甘いもの好きだった?」
「だいすき!です、ケーキ!」
「喜んでもらえて良かったよ」
「嬉しい!」

ニコリと微笑んでくれた羽鳥さんは、食虫植物だなんてイメージを簡単に覆していく。誘ってパクリと食べちゃうなんて感じまったくしない。なんだ、もしかしてめちゃくちゃいい人なのでは…?からかわれたのをわたしが深刻に考えすぎてただけなのでは…?パンどころかケーキまでくれるなんて…

「羽鳥さん、あの、ありがとうございます!今お金払います!」
「いいよ、付き合ってる女の子にお金なんて払わせないから。気にしないで」
「つ、つきあってる」
「忘れちゃった?」
「ほんとうに、本当だったんですね…」
「俺はね、からかったりはぐらかしたりはするけど、嘘だけはつかないよ」

いつも愉快そうに煌めいているはしばみ色の目が、しんと静かに私を見据える。何を考えているのか、まったくわからない、底知れなくて少しだけこわい。小さく息を飲んだ私に、羽鳥さんは目を細める。顔は笑っているけど、目が笑っていない。

「名前ちゃんが、好きだよ。付き合おう」

これはきっと羽鳥さんの本心なんだろう。こんなこわいくらい真剣な目で嘘なんてついてたらそんなのもう役者もこえてる。だけど、羽鳥さんの本心はどんな時もすごく曖昧だ。
さっきから金縛りにあったみたいに動けないのは、やっぱり怖いからなんだろうか。羽鳥さんは今まででいちばん満足そうに微笑んで、急に甘やかすようにして私の頭をくしゃりと撫でる。それが合図だったみたいに、ピンと張っていた空気が緩んだ。お昼ご飯が急に重く感じる。

「じゃあ、お昼ちゃんと食べるんだよ」
「あ、は、はい、本当にありがとうございます!」
「今度は連絡してから来るよ」
「え、電話番号教えましたっけ?あ、店に連絡…?」
「デートの誘いを店にかけるなんてしないよ!ちゃんと携帯にかけるけら、待っててよ」

吹き出した羽鳥さんは、お腹を抱えながら雑踏の中に紛れていった。あ、あれ…私の携帯教えてたんだっけ…?あれれ?









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