美少年発見


「ねえれいちゃ〜〜〜ん、この前いっしょにいた美少年紹介してよ〜」

昼休みに友人から、「れいちゃんに大事な話がある」とやけに神妙な声で電話がかかってきたから、夏目くんが目を丸くして驚くくらい素早く書類を片付けてきたのに。指定された居酒屋に到着した頃にはこのはた迷惑な友人はすでにだいぶ酔っ払っていたし、別に大事な話なんかではなかった。さっきから枝豆をポリポリと齧りながら、私に美少年を紹介しろ紹介しろとしつこい。来なきゃよかった。

「名前ちゃん、羽鳥さんがいるでしょ」
「はとりはさ〜、イケメンだけど美少年じゃないもん。ただのかわいい美少年をかわいいかわいいって撫でたいの」

美少年を撫でてもイケメンを撫でても同じなんじゃないかと思ったけど、言ったらきっと、違いをしつこく説明される気しかしなかったからぐっと言葉を飲み込んだ。名前ちゃんが、枝豆の入ったザルを撫でる真似ををして「こういう小さくてまあるい頭を、よしよしって撫でたいの」と幸せそうに顔を崩すけど、いや、ごめんぜんぜんわからない。何これ、私が素面だから?呑めば「わかる〜〜〜」とか言える?由依さんと同じくらい何言ってるのかわからない。

「ちなみにどんな人?あ、羽鳥さんに申し訳ないから紹介はできないけど」

えええとおもしろくなさそうに口を尖らせたけれど、羽鳥さんは仕事でも関わってくる人だし下手なことはできない。何より敵に回したくない。仕返しがすごくえげつなさそうだし…
まだ枝豆のザルを撫でている名前ちゃんの手をかいくぐって一握り掴む。口に入れると程よい塩加減。あ、これはビール呑みたい、ビール。

「あのさあ、一昨日偶然れいちゃんと喋ってるの見たんだけど、髪の毛がふわふわのくるんくるんで、背はれいちゃんよりちょっとだけ高くてはにかんで笑う人」

ビールを頼む手が止まる。変な姿勢で固まった私なんて気にする様子もなく名前ちゃんは「高校生かな?ちょう美少年」とうっとりしたような目をしている。いやいやいや、これだめなやつだ。会わせたらだめなやつ。いくら名前ちゃんに恋愛感情がないとは言え、実在の、しかも羽鳥さんのお仲間なんて。あとたぶん本人に高校生なんて言ったら大惨事になる。だめ。だめ絶対。revelなくなったら仕事こまるし!

「ねえだれ〜?」
「えーと、誰かな…最近いろんな人と会うから…」
「え〜〜〜あんな美少年のこと忘れるなんてれいちゃんバチ当たり」
「ご、ごめん…思い出したら教えるね」
「うん!待ってる!いつまでも!」
「いや、こわいよ…忘れてよ…」
「おじさーん!生ふたつ!あと軟骨唐揚げ!」

すでに散々飲んだであろう彼女が、ちゃっかり自分の分も頼んでいたのを止める余裕はなかった。

☆ミ

案の定というか、まっすぐ歩けないくらい酔っ払った名前ちゃんに肩を貸しつつ、繁華街の隅をヨロヨロと歩く羽目になった。今日は厄日なんだろうか。残業してたほうがよっぽど穏やかに過ごせたような気がする。名前ちゃんは耳元で楽しそうに何かの曲を口ずさんでいる。きっと彼女のことだからアニソンだろうけど。

「名前ちゃん、どっかでタクシー拾おう」
「れいちゃん今の曲知ってる?」
「知らないけど、アニメの曲でしょ」
「昨日はとりと見た」
「えっ羽鳥さんアニメなんて見るの?」
「全然!見せた!」
「そ、そうなんだ」

羽鳥さんとアニメってぜんぜん結びつくものがないな…でも意外に楽しく見てくれそうかもしれない。まあそれは名前ちゃんが頼めばの話なんだろうけど、しかし似合わないなあ、と思っていると急に名前ちゃんが「美少年いた〜!」と叫んで、酔っ払いとは思えない早さで駆け出していく。慌てて追いかけると、そこには怪訝な顔をした槙さんと、目を丸くした羽鳥さんがいた。最悪だ。なんで今日に限ってこんな繁華街を二人で……帰りたい…見なかったふりをしたい…いやだめだ、羽鳥さんと目が合った………
渋々彼女の後を追うと、すでに「こんばんは〜」と場違いに明るい声で挨拶をしていた。しかもたぶん羽鳥さんは目に入ってない。だめだ、帰りたい。職場でいいから帰りたい。

「あの!めちゃくちゃ美少年ですね!」
「はあ?なに、あんた」
「名前、こんなところで何してるの?俺何回も電話したんだけど」
「はとりもいる〜!なんでいるの?この美少年、羽鳥のともだち?紹介して!」
「何この女…羽鳥の知り合いか?」
「羽鳥さんすみません!一緒にいながらこんなに酔っ払わせてしまって!」
「いやいや待ってよ、何この状況?それに、名前はなんで槙紹介してほしいわけ?」
「槙さん!名前もかわいい…あの、頭撫でさせてもらえませんか?」
「はあっ?!」
「はとりの顔に免じてお願いします!」
「いや、ふつうに嫌だけど…おい羽鳥、この女ほんとに何?こえーよ…」
「え、彼女?」
「はああああ?!」
「槙さん!名前さんは酔ってますので!ふだんはもう少しふつうです!」
「お前……趣味悪い悪いとは思ってたけど……」
「俺も今はそう思うかな」

呆れたように肩を竦めた羽鳥さんだけど、「帰るよ」とふらつき始めた名前ちゃんの体を支える仕草は優しく見えた。名前ちゃんもそれをすんなりと受け入れて、羽鳥さんのジャケットをくしゃりと掴む。

「槙さんもいっしょにはとりの家帰るの?」
「なんで槙が俺んち来るの。来ないよ、名前は俺と帰るの」
「え〜〜〜まだ頭撫でてない」
「俺の頭撫でさせてあげる」
「はとりの頭はいいわ〜〜〜」

側から聞いてると肝が冷えるような会話をしながら、二人は大通りの方に消えていく。「ごめん、今度お詫びはするから」と申し訳なさそうに振り返った羽鳥さんに慌てて首を振る。名前ちゃんも同じように振り返って「今度は四人でのもうね!」という提案をするからそれは聞こえないふりをした。










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