曇り時々恋の嵐に


『本日の天気は晴れのち曇りでしょう、雨が降ることはないと思われますが、傘はあったほうがいいでしょう』

結局、朝からずっと空の色は同じだった。白いとは言えないけど、灰色と言うには少し薄すぎるというなんともはっきりしない天気。にわか雨が多くて、外に出している花を雨が降るたびに中へ引っ込めるという多忙な一日になった。
でも、私の営業努力が功を奏したのか花の売れ行きは意外にも良くて、仕事終わりのお姉さんや、奥さんにあげるのか少し照れた感じのおじさんが多く来店してくれた。嬉しい。
あとは、亜貴に頼まれた豪華な花束二つだけが、冷蔵庫でスヤスヤと眠っている。おまかせだったから、めちゃくちゃ豪華に亜貴好みに仕上げた渾身の一作。なんだけど、肝心の本人が全く取りに来る気配がない。これ、パーティー始まっちゃうんじゃない?間に合うのかな?花束贈呈だと、まだまだ時間はいいのかな…

「おそいなあ、亜貴」

作業台の周りを綺麗にしながら、ガラスの向こうの世界を確認する。電気がつき始めたオフィスビル群、オレンジ色の灯った街灯、朝より少し色のついた向こう側。
花束に使ったリボンの切れ端を手にとって、透かしながら外を見ると万華鏡みたいにいろんな色がチカチカする。薄いピンクの地に控えめな赤い線、鈍色のビーズ。角度を変えながら外を眺めて、外に置いてある花をそろそろ片付けなきゃと思ったとき、パッと目に飛び込んできたのは、これから来る予定の深い夜色の髪の毛じゃなかった。明るい鳶色の髪の毛を一つにくくって、キョロキョロ辺りを見回しているイケメンだった。キラキラしている、イケメン。
スマホを手に辺りを見回していると思ったら、なんとうちの看板を見て納得したような顔をする。脚立使うの怖いとか言ってないで、看板の掃除しっかりやればよかったと猛烈に後悔した。したけど、時すでに遅し。うちの看板をしっかり見たであろうイケメンの人は、なんともスマートにうちの花屋に入店された。リボンの切れ端を慌ててエプロンのポケットに突っ込んで、姿勢を正す。

「い、いらっしゃいませ!」

張り切り過ぎて、声が裏返ったから今の挨拶はことにしたい。とてもスマートにかっこいいそのイケメンの人は、少しだけ目をまるくさせたけど、すぐにニコリと目を細くする。

「こんにちは」
「こ、こんにちは。お花をお求め、ですか?」
「ああ、えーと、そういうわけじゃなくてね」
「えっ、あ、すみません…あっ道、どこかお探しでしょうか?」
「ううん。俺の目的地はここで合ってるよ」

ニコニコと笑っているけど、なんだか観察されているような居心地の悪さを感じるのは気のせいなんだろうか…めちゃくちゃ社交界慣れしてそうな人だから、こんな代々やってますみたいな花屋が珍しくて入ってきちゃって、入ったからには注文しなきゃかなーでも仏花とか作られたらどうしようかなーとか思って…?あっ、今日のエプロンさっき紅茶零した……

「あのさ、神楽亜貴のおつかいで来たんだけど」

突然に知り合いの名前を出されて、ぐるぐるしていた頭が一気にクリアになった。亜貴のおつかい。花束を取りに来て下さった、亜貴の知り合いの人。少々お待ちください、とお花の冷蔵庫に入った私の背中に慌てて声がかけられる。店内より格段に冷えた冷気が頬を撫でる。

「ああ、ごめん…俺その花束の注文をキャンセルしに来たんだ」
「えっ」
「神楽のおじいさまが別の花屋に頼んでたみたいでね…ああ、お金は後日払いに来るって」
「そう、だったんですね…それは、わざわざすみません…」

残念じゃないと言えば、嘘になる。亜貴の注文は本当に気を使うものばかりだけど、私だってフローリストの端くれだからいろいろ試行錯誤していい作品を作るのは楽しい。今回は自分でもなかなかよくできたなあ、なんて思ってたからいちばんいい状態で亜貴に見て欲しかったな。口調はそっけないけど、キラキラした亜貴の目を見るのは仕事を認められたような気がして嬉しいから。
私がよほどしょんぼりして見えたのか、気を遣って下さったのか、亜貴の知り合いの人が、花束を見てみたいなと言ってくれたのは素直に嬉しかった。花束の寿命は短い。亜貴が取りに来る頃には萎れたりもしてしまうから。

花束を二つカウンターの上に置くと、へえ、と淡いピンクで纏めた花束を手にとって顔を寄せる。白桃色のスプレーウィットが、鳶色の髪の毛にそっと触れる。

「神楽が好きそうだ」
「はい、意識はしています」
「神楽と、親しいんだ?」
「いえそんな!うちの花屋を使ってくれる、貴重なお客様です!」
「へえ…」
「うちのおじいちゃんと、亜貴…神楽さんのおじいさまが親しくて…その頃からよく使って頂いています」

亜貴の知り合いの人は、何かを考えているようで私の声も届いているのかいないのか。いったい何を考えているんだろう。こんな花屋に亜貴が来てることが気になったんだろうけど…店内のオレンジの光を受けて、鈍く輝く鳶色の周りをふわふわ無邪気に跳ねるスプレーウィット。この人には、無邪気なスプレーウィットよりもブラックバカラのような、深い色のほうが似合いそう…

「じゃあ、俺もこれからは君に花を頼もうかな」

いつの間にか亜貴の知り合いの男の人は考えるのをやめたようで、ニコリと笑いかけてくれる。花束を持ったイケメンってすごい影響力があるな。社交辞令でもドキドキしてしまう。
正直、こんなイケメンがたびたび来店したらいつか鋏で指切りそうだなあ、なんて思いながらぜひお願いします、と用意した言葉は、「俺も君と親しくなってみたいし」と言う言葉で完全に喉の奥に消えた。社交辞令でも言われたことのないような言葉に、一気に首が熱くなる。

「神楽ばっかり、ずるいよね」

少しだけ傾げられた白い首が私とはまったく対照的で、いろんな含みを持った目で見つめられて、でも口元はおもしろそうにつり上がってて、これは完全にからかわれているとは思ってもこういう雰囲気には慣れていない。どうすれば、何を言えば、と考えに考え抜いて口から出て来たのは「あっ、ありがとうございます!名字花店では花束はもちろんパーティー装花、アレンジメント、仏花まで!なんでも!うけたまわります!」ホームページの宣伝文句だった。しかも、散々亜貴にダサいと馬鹿にされた、宣伝文句。
さっきまでの少しだけ色っぽい雰囲気なんか即座になくなって、亜貴の知り合いの男の人は目をまんまるくして、今度は隠す様子もなく驚いている。完全に間違えてしまったことを悟った。首筋の熱さが尋常じゃない。熱い。沸騰して死ぬ前に弁解したいけど何も言えそうにない…しおしおと首を垂れると、盛大な笑い声が降ってくる。花束片手に、お腹を抱えて笑うイケメン。どうやって笑っててもやっぱり絵になるなあ。なんだか複雑な気分だけど、笑ってくれたならいいのかな…

「ご、ごめんね…アハハ、これは神楽も気に入るわけだ」
「いえそんな…なんだかすみません…」
「ねえ、俺、大谷羽鳥って言うんだ」
「おおたにはとり、さん…?」
「うん。君は?」
「名字名前と言います」
「名前ちゃんね…ねえ、俺花ってあんまり興味なかったんだけどさ」
「えっ、そんなにお似合いになるのに」
「アハハ、ありがと。うん、でも、なんかちょっと興味わいてきた」
「それは…嬉しいです」
「まあどっちかと言うと、君にっていうほうが大きいけど」
「えっ」

付け加えられた言葉にピシリと固まる私に、大谷さんは手を差し出してくる。細長くて指先まで白い綺麗な手。これはたぶん握手を求められているんだろうけど、こういう場合はどうすればいいんだろうか、男の人の手を握るなんて中学校の体育祭のダンス以来の私はまたいろいろ考え出してしまう。ぐるぐるする。助けを求めるように大谷さんの目を見ると、直後、この人に助けを求めてはいけなかったと思い知らされる。心底愉快そうに細められた目がいたずらっぽく瞬いて、中途半端に空を彷徨う私の手を半ば無理矢理握る。握手にしては、指が、絡んでいるような、気がする。

「おおおおおたにっさん、あの、ええと、ええと」
「いやだなあ、羽鳥でいいよ」
「そ、そんな、そんな、ええと、む、むりです…」
「神楽は名前で呼べるのに?」
「いやっ、ええと、おおおおたに、は、はとり…さん…」
「うん、よろしく」

アハハ、と笑う大谷さんの手がすっと離れていく。触れていた手もだけど、もうどこもかしこも沸騰しそうに熱いのに、大谷さんはたった今冷たいものでも飲み終わったかのように爽やかに笑っている。

「また来るね。あ、今度は俺に花束作ってよ。俺に対する君のイメージでさ…」

真紅の大輪の薔薇を大量に発注しなくては、痺れる頭で考えたせいか薔薇の名前がなかなか思い出せなかった。







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