本日の天気予報


『本日の天気は晴れのち曇りでしょう、雨が降ることはないと思われますが、傘はあったほうがいいでしょう』

朝家を出る前に聞いた天気予報はなんともはっきりしなくて、結局雨降るの降らないのどっちなの?と思ったけど結局降らないほうに賭けた。傘持って出たら荷物になるし、何よりお花屋さんで働く身としては、晴れたほうがお客さんたくさん来てくれるし。あと、店先にお花を出せるから、オフィス街の少々無機質な通りに華を添えている気分になれるし。
店を開けて、作業カウンター越しに見た外はほとんど灰色だった。空も、ビルも、そんな天気だからか通りを歩く人たちも。これは、私がなんとかがんばって、少しでも明るく盛り上げていかなければ。

「よしっ!いちばん綺麗に咲いたバラ外に出しちゃおう!」

変な使命感に燃えて、いつもより多めに花を外用の入れ物に移し替える。この前大雨のときに、あまりの暇さにピカピカに磨いたおしゃれな入れ物。鏡かってくらいピカピカ。気分いい。鏡レベルにピカピカの入れ物は大輪の薔薇。ふつうにきれいなものは、八重咲きのトルコキキョウ。暇だったらもっともっと磨き上げたい。
真っ白い、ふわふわのトルコキキョウを水につけて染みのついた花弁を千切っていると、不意に携帯が着信を告げる。画面を見ると、うちの花を気に入ってくれている、私が思うに、大親友からだった。こんな朝早くに電話があるということは、注文くれるんだらうか。彼の注文はいつも豪華で楽しい。

「あっきーおはよ!ご注文ですか?」
「朝からうるっさい」

こんな天気だからといつもの数倍元気にしたつもりだったけど、心底嫌そうな声の色だった。だいたいいつも嫌そうにしてるけど、それの数倍。ごめん。

「あとその変な呼び方直さなかったら、もう電話切る」
「えええ、私たち仲良しじゃん」
「は?やめてくれる?いつ仲良しになったわけ?ただの客と店員だから」
「はあい、では私フローリストの名字が神楽亜紀さまのご注文を伺わせて頂きますです」
「今日の夜までに花束2個、金額内容ともにお任せで」
「えっ内容も?いいの?」
「うちのパーティーで使うんだけど、用意してくれてた花束が壮絶ににダサくって。名前までそんなもの作ったらもう仕事頼まないからよろしく」
「が、がんばらせて頂きます!」
「じゃ、夕方ごろ取りに行くから。もんのすご〜く暇で気が狂いそうだったらお茶くらいしてあげるけど」
「ただの店員である私に神楽亜貴さまからのお誘いはもったいな…あっ、うそ、うそです、ごめんめっちゃ楽しみにしてますごめん」

怒ったように被せ気味に電話を切られて、これ結局お茶行ってくれるの?くれないの?今日の天気みたいにはっきりしないけど、亜貴のことだからなんだかんだ言って、どこかしら付き合ってくれるんだろうな。きっと、このお花にも負けないくらいきれいなケーキを出すお店、教えてくれるんだろう。しあわせ。


☆ミ


『本日の天気は晴れのち曇りでしょう、雨が降ることはないと思われますが、傘はあったほうがいいでしょう』

朝なんとなく携帯で確認した天気予報は、まあ当たっていた。鬱々とした薄雲がずっとかかっていて、たまににわか雨があったと思ったら数秒後には止んでいる、そんなパッとしない天気だった。部下が持ってくる書類に目を通しながら、窓の外に目をやっても朝から今まで全くと言って代わり映えがない。パッとしない。
今日呼ばれているパーティーも、興味を惹かれる人物もいなさそうだし、利益になりそうでもないし、天気と同じくパッとしない。行くのやめようかなあ。
大きく伸びをしたところで、書類を受け取りに来た部下と目が合った。「一日嫌な天気でしたね」と苦笑気味に呟かれ、同じような顔をするしかなかった。

「社長は、もうお帰りですか?」
「そうだな…区切りもついたし、帰るよ」

お疲れさまです、と書類を受け取って退室する部下にお疲れさまと返す。夕方だっていうのに、朝と何も代わり映えのない景色。何かおもしろいことでも起こらないかな。自分から起こす、って気分じゃないんだよなあ。
頭の中で火種になりそうな情報を思い浮かべていると、ふと着信音が部屋に響く。今日のパーティーの件かとも思ったけど、意外にも神楽からだった。あいつから連絡来るなんて、これは天気予報は外れるかもしれないな。槍が降る。

「もしもし神楽?どうしたの?」
「羽鳥今ひま?」
「え?まあ、暇といえば暇だけど…珍しいね、神楽が俺と過ごしたいだなんて」
「誰もそんなこと言ってない。羽鳥と過ごすくらいなら一人で渋谷でもうろついてたほうがマシ」

神楽があんなにゴミゴミしているところにいたいわけがない。渋谷の喧騒の中で一人顔を顰める神楽を想像したら、なんだかおかしくなってしまって遠慮なく笑ったら「もういい」と電話を切られそうになった。いやいや、俺はいいけど、用事あるんじゃないの?なにか、とてもおもしろそうな用事が。
場を仕切り直すかのように、神楽が咳払いをする。

「神楽、いつもより慎重だね」
「そうなことないけど、羽鳥に頼むのが心底嫌なだけ」
「ひどいなあ」
「あのさ、花屋に行ってきてほしいんだけど」
「花屋?」
「そ。名字花店っていうダッサイ名前の花屋、羽鳥の会社の近くにあるでしょ?」

あったようななかったような。なんだか今日ははっきりしないことが多いな…それでも、神楽の中で俺がその花屋を知っていることは確定事項のようだった。会社周辺の花屋なんて、俺だってそうそう覚えてないんだけどな。

「朝、花束注文したんだけどやっぱりキャンセルしといてくれない?手違いでさ、おじいさまももう別の花屋に頼んでて」
「ふうん。いいけど、電話したら?」
「出ないの!全然!」
「その店、何かあったのかな?」
「ちっがうって。どうせ店が忙しくてオロオロしてるか携帯見忘れてるかどっちかだから。僕も用事できて行けなくなったし」
「知り合い?」
「ただの客と店員」

ただの客と店員にしては神楽が気にかけているような気もするけど。わざわざ俺に電話してきてるし、たぶん俺に電話する前に槇や他の人間に頼んでるんだろうし。ふうん。へえ。おもしろそう。

「ちょっと、変な勘ぐりしないでよね」
「まだ何にも言ってないよ」
「羽鳥がムカつく顔してるのわかる。だから羽鳥なんかに頼みたくなかったのに」
「槙でしょ?俺に頼んだらって言ったの」

全部図星だったらしい。神楽は心底不服そうに喉を震わせて、「お金は後日払いに行くって言っといて」と俺の返事も待たずに切ってしまった。
突然切られた通話に、今度一言言ってやろうかなあ、なんて考えながら地図でその花屋を探すと、うちの会社の近くと言えなくもない微妙な距離で、遠かったよという文句も追加してやろうと決心した。







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