小さい頃の真波くん


おばあちゃんのお見舞いで来た病院で、私はお母さんとおばあちゃんが話していたのを横で聞いていた。転んで足を骨折しただけのおばあちゃんは元気で、ぜんぜん病院なんて似合わない。お茶とおせんべいまで出して話し出したから、長くなりそうだと思った私は挨拶もそこそこに病院を探索することに決めた。だって、3丁目のゴミの出し方が変わったなんて、知らないよ!お母さんたちはすごく大事なことみたいに話していたけど。



どこをどう歩いたのかは覚えていないけど、周りに私と同じ年くらいの子どもが増えてきたように思えた。星の飾り付けとか、ぷよぷよした窓飾りとかがかわいくて、おばあちゃんのいるところより明るいしいいなあなんて周りを見渡す。おばあちゃんもこっちに来ればいいのに。
どの部屋からも話し声が聞こえる。チラチラと、笑い声も聞こえる。そんな中、しんと静かな部屋にふと気付いた。少しだけ暗いその部屋を、好奇心でそっと覗き込む。

なんて冬みたいな子なんだ、それが山岳を初めて見たときの感想だった。外は夏に向けてどんどん気温を上げていて、プールとか夏休みとか花火とか、そういうものが楽しみな季節に近づこうとしてるのに、その病室だけ時が止まったように静かでひっそりとしていた。ただ、ゲームをしているのか、カチャカチャと無機質な機械の音が細く響いている。
覗き込んでいた私に気付いたのか、ベッドに座っていた男の子がびっくりしたように私を見ていた。雪みたいに真っ白で、ガラス玉みたいな目をしたきれいな男の子だった。

「だれ?」

小さな声だった。なんだか怖がっているようにも思えた。そんなにわたしの顔こわいかな?でも知らない人にいきなり部屋覗かれてたら誰だってこわいかもなあ。私より少しだけ小さそうなその男の子を、なるべく怖がらせないように挨拶をすると、不思議そうな顔のまま小さく挨拶を返してくれた。

「わたし、岡本チサっていうの」
「う、うん」
「えーと、あのね、わたしおばあちゃんのお見舞いに来てて、探検してたら静かなお部屋があったから、気になって」
「さっきまで寝てたから…」
「起きたのにカーテン、開けないの?」
「いいの」
「どうして?」
「外は眩しいよ」

くしゃりとどこか悔しそうに顔を歪めた男の子は、またゲーム画面に目を落としてしまった。なんだかそのまま帰る気にはなれない。ゲームをする横顔は、楽しくなさそうを通り越してなんだか辛そうに見えたから。

「そのゲーム、おもしろくなかった?」
「べつに、そんなことないよ」
「ふうん…じゃあおもしろいの?」
「そうでもないよ」

よくわからない。でも相変わらずゲームをする顔は辛そうだから、まあおもしろくはないのかな…?おもしろくないゲームやるより、おもしろいこといっぱいあると思うけど。外見ながら飛行機雲探したりとか、ここからだと海見たりとか、外に出ていいなら散歩するとか。でも冬みたいな子だから、あんまりお日様に当たったらだめかなあ。びっくりするくらい白いもんなあ。

「ねえねえ、そのゲームちょっとやってみたいな」

また驚いたように目を丸くしたけど、男の子は案外あっさり「入ってきて」とわたしを部屋に入れてくれた。陽の光の薄く差す部屋は微かにゲーム音楽が聞こえる。
近くにあった椅子を男の子の隣に移動させて、ゲーム機を受け取る。あまりゲームはしないけど、バトル中だということはわかった。こっちのほうがだいぶ優勢でほっとした。

「私にも倒せそうだとおもう!」
「倒せるよ、だってレベル上げしてるし」
「そうなんだ、じゃあ楽勝だね」
「うん………あっ、ちょっと待って!毒になっちゃってるよ!早く治して!」
「えっ、毒?えっ、え、あ、なんかすごく弱ってきてる!」
「毒ほったらかすからだよ!早く呪文!」
「呪文、呪文?」
「これ、これ早く押して!」
「えー待って待って、待って……あ」
「あー…」
「ごめん………」

なんとも悲しげな音楽がやけに響いて聞こえる。まさか初対面の男の子から借りたゲームで死んでしまうなんて。ゲームオーバー画面を見て呆然としている男の子にまたごめんなさいと謝ると、突然吹っ切れたように笑い出すから今度はわたしが呆然としてしまう。冬の日みたいに静かでつまらなさそうだった男の子は、お腹を抱えて大声で笑っている。

「怒ってないの?」
「う、うん……べつにおもしろいゲームじゃないし、それよりあんなところでよくゲームオーバーになったね」

初めて見た、また思い出したように笑う男の子につられてなんだかわたしもおかしくなってきていっしょに大声で笑った。男の子は上半身を倒して、お腹を抱えて笑っている、わたしも男の子のベッドの隅に手をついてお腹を抱えて笑っている。男の子のお母さんみたいな人がびっくりしたような顔で入ってきて、それでさらにおもしろくなってまた笑ってしまった。






「ねえ、俺山岳っていうの」
「さんがく?変わったなまえ」
「かっこいいでしょ?真波山岳だから海と山が入ってるんだ」
「えーいいなあ」
「チサ、また来る?」
「わかんない、だっておばあちゃん元気だもん」
「そっか……」

すっかり仲良くなった山岳は、ニコニコしたお母さんといっしょに廊下まで出てきてくれた。わたしより少しだけ小さい山岳は明らかにしょんぼりとしたから、わたしはなんとか元気になってもらわなきゃ!なんて思って「手紙書くよ!」そう言ってせいいっぱいのきれいな字で山岳のお母さんに住所を書いて渡した。

結局その後2週間程は会って遊んでいたけど、おばあちゃんの退院をきっかけに会うことはなくなってしまった。別れ際に見た山岳はやっぱり雪みたいに白いし、小さいし頼りなかったけど、一ヶ月に一度来る手紙はどんどん外のことが書かれるようになっていった。お日様のこととか、海に行ったこととか、なんとなく始めた自転車がおもしろいこととか。何回かの文通で、山岳がわたしよりひとつ上だと知ったときはびっくりしすぎてひっくり返りそうだったけど。







「まーなーみーせーんーぱーい!」

山岳は、こう呼ぶとなんだか奥歯に何かが挟まったような顔をする。それがおもしろくて、私も彼と会うたびにわざと畏まって言ってしまうんだけど。
箱根学園に入学した、と手紙を受け取ったとき、なんの迷いもなくじゃあ私も箱学行こう、って思って今に至っている。あのとき以来会ってなかったし、会いたかったし。学校で昔の面影を頼りに探したらすぐに見つかった。でも、今は私よりずっと背が高くて、色も昔ほど白くはない。目も、きちんと世界を映している。

「ねえねえ、悠人が真波先輩のこと探してたよ」
「悠人が?なんで?」
「わかんない」
「聞いてないの?」
「うん、真波先輩知らない?って聞かれて、知らないって言ったらどっか行っちゃった」
「なにそれ」
「さあ」

呆れたように肩をすくめる山岳くんの真似をして私も肩をすくめてみる。馬鹿らしくて、昔みたいにお腹を抱えて笑ってしまった。








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