まなみと 誕生日


「忘れてた」

それを思い出したのは、本当に突然だった。朝登校してきてやりかけの課題を一人でやって、まなみが遅刻寸前で教室に飛び込んできて、クラスのみんながまたか〜って笑って、わたしもいっしょになって笑って、まなみもまったく悪びれた様子もなく笑ってごまかしているのを見て、思い出した。そう。本当に突然だけど、まなみの誕生日をお祝いし忘れたことに。

冗談じゃなく、サッと顔から血がなくなったような気がする。いやいや、誕生日から何日経ってるの?もうぜんっぜん忘れてた…
指折り数えてみたけど、片手では足りないくらいに時間は経っていた。まなみが横からのんびり「なに数えてるの?」と覗き込んできてるけど、それどころではない。

「ま、まなみ…なにかほしいものとかある?」
「なんで?いきなりどうしたの?」
「いやっなんかあの…あれだよ……あの、隣の席の人に優しくする週間…的な」
「もう木曜日だけど…優しくするなら昨日俺の唐揚げとっちゃだめじゃん」
「唐揚げ食べたい?ほしい?」
「今日はいいや」

一秒も考えることなくバッサリ切り捨てたまなみは不思議そうな顔をしていたけど、よくよく考えたらわたしの所持金は唐揚げすら買えないような金額だったと思い出した。
昨日まなみと別れてコンビニでお菓子を買って、本屋さんで漫画を買って、自動販売機でジュースを買う前に誕生日のことを思い出したかった。確かお財布の中には32円しか入ってなかった気がする。お小遣いを無理やり前借りしてこれだから、なんかもう、ほんとどうすればいい…?おめでとうだけじゃあまりにも寂しい…しかもこんなに日にちが経ってから……

「まなみ〜〜〜」
「なに?今日のチサちゃんなんか変だね」
「ほんとごめん!」
「なに?なにしたの?」

急に頭を下げたわたしに今度こそ目をまんまるくして驚いている。自転車のグローブ焼けした手が、おろおろとわたしの視界の隅で彷徨っていたけど、ちょうど先生が入ってきたので気付かなかったふりをして前を向いた。何か言いたそうな視線を授業中隣から感じたけど、後ろめたさとか申し訳なさがあって一度も視線を合わせなかった。ほんとごめん!

☆ミ


「あ、あの、あの、東堂先輩、はいますか!」

授業が終わってまなみが呼ぶ声も聞こえないふりをして来たのが、まなみとたぶんよく過ごしているであろう東堂先輩のところだった。まなみといっしょに何回か会ったことあるし、3年生の中じゃいちばん怖くないし!綺麗だからボーッとしちゃうけど、怖くないし。
優しそうな女の先輩が、東堂くん呼んできてあげるねと言ってくれたのでおとなしく廊下で待っているんだけど正直めちゃくちゃ緊張する。まなみはよく来てるみたいだけど、まなみのことだからふっつーに教室入っていきそう。3年生か!ってくらい自然にやりそう。まなみの傍若無人ぶりを想像して、無理やり自分を和ませていると、「待たせてすまないな」と東堂先輩が教室から出て来てくれた。今日も綺麗な人だなあ…「あ?真波といっつも一緒にいるヤツ?」「あ、おめさん真波の友達の…」「…真波に何かあったのか?」

「せ、先輩方?!」

なぜかわたしの目の前にズラリと並ぶ自転車競技部の先輩たち。こ、こわい。どうしよう、いい知恵をもらいにきたのに怒鳴られて逃げ帰る図しか想像できない。
いや、でも先輩方ならきっとうまいことまなみを祝ったんだろう。だって、仲は良さそうだし…

「え、あの…と、東堂先輩に、相談が…」
「ああ、どうせ真波のことだろう?ちょうどみんなで集まってたからな。あいつが迷惑かけてるみたいですまん」
「で?あいつ今日なにしでかしたんだァ?ここまで来るってことは相当か?」
「来にくかったろ?がんばったな、飴食べるか?」
「真波がすまん。俺の監督不行き届きだ。なんでも言ってくれ」
「どうせ遅刻しすぎて部活禁止になりそうだから反省文ですますように言ってほしいとかじゃねェの?」
「そういえばあいつ今日の朝練いなかったな…」
「そうだっけ?真波、平坦コースだと後ろの方にいるからなあ…」
「すまん…練習には出るよう言って聞かせてるんだが…」
「福ちゃんのせいじゃねーってのォ!あの不思議チャン、俺が今日言っといてやるよ!」
「靖友こわ〜」
「うるっせ!」

口を挟む隙がない。さっきからわたしがいること忘れてない?まなみ、よくこの先輩たちといっしょにいるところ見るけどどうやって割って入ってるの?でもまなみならどんな話題からでも「オレ今日おにぎり食べたいです〜」とか言えそう…
ボーッと聞いていたら、いつの間にかまなみを殴る感じにまで発展していた。殴るって言ってるのは荒北先輩っていう怖い顔の先輩だけだけど、まあ、東堂先輩と新開先輩も囃し立てているだけで止めてないけど…本当に殴られる前に話題を変えなければ。

「あ、あの!」

あれだけ騒いでいた先輩たちがピタリと黙って、わたしを見る。忘れてたわ、っていう空気がひしひしと伝わってきて非常に居づらいしこの話題の流れでまなみの誕生日何あげましたか?とか聞くのもどうなんだろう、いや、でも!

「ま、まなみの誕生日に何をあげましたか?!」

ポカンとした顔で、誕生日、と繰り返す先輩たちになんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。東堂先輩のこんな顔、初めて見た…いつもキリッとしてて美しいのに、わたしのとんちんかんな質問のせいでわけがわからないという感情が顔に出ている。他の先輩もそうだけど。

「あの、わたしまなみの誕生日すっかり忘れてて…なにかあげたくても今32円しかなくて、だから先輩方はどうやってお祝いしたのか、聞きたくて…すみません…」

さっきまで誕生日…?と繰り返していた先輩たちが、32円…?金なさすぎだろ…と憐れみの視線を向けてくる。福富先輩は、目をまんまるくしてびっくりしている。いや、わたしだってこんなにお金ないことそうそうないです。

「誕生日…誕生日……っていつだったか?真波」
「知らね、後輩の誕生日なんていちいち覚えてねぇ」
「あ…オレ確かパワーバーあげたな。先週くらいに、誕生日なんですって言ってたから」
「ム…俺は聞いてないが」
「オレも聞いてないな…あいつ、同じクライマー同士で水くさい」
「なんとなくじゃないか?オレと、いっしょにいた葦木場が菓子やってた」
「ふーん。まっ、聞いちまったし今日の部活でベプシでもやるか」
「俺は…今日持ち合わせがないな……今度本屋にでも行って自転車雑誌でも買うか」
「じゃあ俺は、俺の好きなりんごを真波にあげることにする」

次々と決まっていくまなみの誕生日プレゼント。だけど今のところわたしでも参考にできそうなのは、福富先輩のりんごくらいしかない。りんごなら家にあるけど、そうすると福富先輩と被ってしまう…
家になんの果物があっただろうかと考えていると、「俺たちはこんな感じだが、参考になったかな?」東堂先輩がこちらを伺ってくれる。ありがとうございます、と頭を下げると、先輩たちはまだ真波になにをあげるかわいわい喋りながら教室に戻っていく。
東堂先輩が、教室に入る前に振り返る。いつもの凜とした、美しい表情。

「岡本さんからなら真波はなんでも嬉しいんだと思うぞ。忘れてたことをまずは正直に話して、改めて祝ったらどうだ?」
「はい、そうしてみます!本当にありがとうございます…でも、まなみ、私にも誕生日だよなんて一言も言ってくれなかったの、なんだか寂しいです」

東堂先輩の目がびっくりしたように少しだけ見開かれる。言いにくそうな、なんだか気まずそうな、いつもはっきりしている東堂先輩にしては珍しく言い澱むように口をもごもごさせている。

「いや、まあ俺も聞いてなかったわけだし、もともと気まぐれなやつだし…岡本さんにはなおさら言いにくいと思うが….…まあ、その…仲のいい女子だし」

そんなもんなんだろうか。まなみが私を女子扱いすることなんてそうそうないと思うけど…でもきっとまなみの先輩が言うならそうなんだろう。改めてお礼を言って3年生の教室を後にする。走れば、授業始まる前にまなみに謝れる。

☆ミ

「まなみ、ほんっとうにごめんなさい!」

顔を机にぺたりとくっつけて寝ていたまなみに、深々と頭を下げる。私が戻ってきたことに気付いたまなみが、ふああと伸びをしながら体を起こすと顔に髪の毛の跡がついていた。どれだけ爆睡していたのか知らないけど、跡がつくまで机で寝れるってすごい。クッションあげたい…お昼寝用クッション…?お昼寝用クッション!

「思いついた!」
「ねえ、やっぱり今日のチサちゃん変だよ、大丈夫?」
「わたし、お昼寝用クッションを、まなみに贈りたいの」
「お昼寝用クッション?なにそれ?なんで?」
「髪の毛の跡ついてる」
「ああ、うん…チサちゃんどっか行っちゃったし…暇だから寝てた」
「クッションあったらもっと快適に寝れる」
「うん、まあ、そうかもね…どうしたの?」
「あのねまなみ、誕生日のこと忘れててごめんなさい」

きょとんと首を傾げたまなみが、何かを思い出そうとするかのように目を瞬かせる。たんじょうび、確認のようにまなみが呟いて瞬間、あっと小さく声を上げた。大きな目がさらにまんまるくなっている。

「誕生日にお祝いしたかったんだけど、すっかり忘れててごめん…プレゼントだってすぐにあげたいけどちょっと今…あの…ごめん…」
「えっ、今日様子がおかしかったの、俺の誕生日忘れたこと気にしてくれてたの?」
「うん、急に思い出した」
「別に気にしなくても良かったのに」

そう言ってくれてるけど、やっぱりまなみはどこか嬉しそうで。ヘラリといつも通り気の抜けた笑みを浮かべているけど、少しだけ頬が赤くなっているような気がする。誕生日祝われたら嬉しいもんね。本当は当日に言いたかった。だってまなみに会えて毎日楽しいし。当日に言ったらもっともっと喜んでくれたんだろうな。来年は日付が変わったらすぐに伝えよう。

「ねえ、そういえばどこ行ってたの?」
「まなみの先輩のとこ!3年生の教室緊張した!」
「え〜俺も行きたかった」
「付いてきてほしかったけど、まなみの誕生日プレゼント何がいいですかって聞きに行ったから…」
「えっそんなこと聞きに行ったの?」
「うん…まずかったかな?先輩相手に」
「う〜ん、いいんじゃない?」
「あっ、そういえばわたしまなみが殴られるの止めた」
「えっなんで俺が殴られるの?!」
「今日朝練いなかったのバレてるよ」
「あ〜〜〜…今日平地だったから」
「その理由もバレてた」
「あっ、オレこの前誕生日だったから、荒北さんに怒られそうになったらさ〜チサちゃん代わりに怒られてよ」
「いや、そんなの荒北先輩も戸惑うよ!」

生まれてきてくれて、わたしと仲良くしてくれてありがとう、っていつ言おうかなって思ってたけどやっぱり言ってやらない!





iPhoneから送信







「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -