真波短編 なかなか帰らない



2週間ぶりに帰ってきた山岳のくれたおみやげは、大きくて綺麗な石だった。アクセサリー屋さんに売ってる、パワーストーンの大きい版みたいな石。こんなかさばって重いものよくおみやげに持ってきたなって思うけど、最低限の荷物しか持たない山岳にはきっと大した苦でもないんだろう。適当にトランクに放り込まれたらしく、ところどころ欠けた石を山岳が指でつついている。転がるたびに小さい欠片がテーブルの上に落ちるから、やめてほしい。

「山岳、テーブル傷になるからやめてよー」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「だいじょーぶじゃない、その石テレビの横に置いていて」
「え、テレビの横はもう石あるよ」
「うん、山岳がいつかのおみやげにくれたやつの隣」
「うーん、俺のおみやげって石多いね」
「あと調味料とか、塩の塊とか、置物とか!」
「なにそれ!塩の塊とかいつ使うの?」
「…わかんないから飾ってある」
「使いなよ」
「だって!塊の塩なんて初めて見たし!そもそも買ってきたの山岳じゃん!」
「えーオレそんなの買ったかな…」

眉を寄せて必死に思い出そうとする山岳の指は、まだ石をつつくのをやめない。細かい粒になったパワーストーンはキラキラきれいだけど、角度を変えて見た机の表面はやっぱり傷がついていた。
こうやって、山岳は、ほとんど家にいないくせに痕跡を残すようなことばかりする。それも無意識なんだから余計にひどい。立つ鳥跡を濁さずどころじゃない。濁しまくりだ。山岳はきっと、机の傷のことなんて思い出しもしないし、おみやげのことなんていちいち覚えてたりしない。わたしだけが山岳との思い出を辿って生きている。

「ねー、今日は家にいるからさ、チサちゃんなんか作ってよ」
「えっうち今玉ねぎしかないよ」
「なんにもできないじゃん!」
「山岳が買ってきたマリネ液はある」
「なにそれ、それもおみやげ?」
「わたしのおつかいで買ってきてくれたやつ」
「ふーん…でも白米食べたいし玉ねぎだけじゃお腹減るからさあ、買い物行こうよ」

石をつつく手を止めてパッと立ち上がった山岳の腕を、咄嗟に掴んだ。しばらくぶりにまともに触れた山岳の肌は、日焼けによって少しカサついていた。

「どうしたの?行かないの?」
「行く、けど」
「じゃあ早く行こう、オレお腹減ってきた」
「明日も食べる?」
「んー、明日からどっか行くかも、休みだし」

腕を掴んだまま動こうとしない私に、山岳は不思議そうに目を瞬かせる。それでも、手を振り払ったりしないのは、少しでも私を大事に思ってくれてるからなんだろうか。

「あの、やっぱりもう、もうどこにも行ってほしくない」

不思議そうに瞬いていた目が申し訳なさそうに細められたのを見て、予想通りの結果だったというのに視界がじわじわと滲んでくる。こんなの、ぜんぜん予想通りだっていうのに。それ以外の答えなんて想像すらできなかったのは本当なのに。ぴゅうっと外に飛び出ていかない山岳なんて、それはもう山岳じゃないのは、わかっている。困ったように眉を寄せた山岳が、それでも私から目を逸らさずに、頬に流れた涙を拭ってくれる。手だけは、相変わらずマメだらけのかたい手だった。

「もしかして、さみしかった?」
「…うん」
「そっか」
「家に変なおみやげだけはたくさんあるし、それ見てると山岳がいないのすごく、わかる…」
「変なって…ひっどいなあ」
「石ばっかりじゃん…そのうち家の床抜ける…」
「次は違うのにするよ」

涙を拭ってくれていた手は、いつのまにか私の頬にただじっと当てられているだけになっていた。山岳の手の隙間に、手の形に沿って、涙が流れていく。

「ここに、山岳だけがいないのは、やだ」
「うん」

自分の体の一部のように涙が山岳の手を伝って、それをまったく気にしない山岳に少しだけ嬉しいと思った。

「山岳はいつもここに帰ってくるけど」
「うん、だっていっしょに住んでるんだもんね」
「でも、帰ってくるの30年後かもしれないし」
「…うーん、そう?オレそんなにてきとー?」
「ふらっと出てくときあるし」
「…んー」
「だったら、もういっそ山岳は幻か、夢か、山の妖精かそんなんだったと思いたい」
「ねえ、すっごいひどいこと言ってるのわかる?」

山岳が大会でもらってきたぴかぴかのトロフィー、すごく綺麗な坂で出会ったって人から教えてもらった名産の調味料、休憩してたときに見つけたらしい宝石みたいな石、時間がなくて空港で目に付いた現地の置物、適当にトランクに詰めたらヒビが入った、薄いガラス細工の小物入れ。山岳が嬉しそうに説明してくれたことも、覚えている。家中が、山岳の思い出で溢れていて、でもそこに肝心の山岳だけがいない。

「…もう、オレといっしょにいるの嫌?」
「やじゃない、そうじゃない」
「じゃあ、どうしたい?」
「わかんないけど、とりあえず、ギュってしてほしい」

頬に置かれた手がそのまま首の後ろに回される。遠慮がちに引き寄せられた胸に顔を寄せると、ペラペラのTシャツにすぐさま涙が染み込んで、つめたっと山岳が驚いた声をあげる。そんなペラペラの伸びきった服、着てるから。けっこう有名になったみたいなのに、興味のないところは無頓着なの、昔からずっと変わらない。わざと顔を押し付けると、今度は何も言わずに背中を撫でられた。

「もう、ほんと、わたしこれだけでいい」
「えー、チサちゃんにおみやげ選ぶのわりと楽しいんだけど」
「いらない」
「じゃあ、お菓子とかでも?」
「賞味期限内に帰ってくるかわかんない人からのお菓子、いらない」
「あー…」
「…じゃあ帰ってくるって言わないんだね」
「んー、まあ、そんなに長いこと、どっか行ったりはしないんじゃない…?わかんないけど」
「別にいいんだけど、今山岳のこと嫌いになりそう」
「嫌いになる?」

なれるわけない。今まででいちばん優しい声で「ここにいてね」なんていう山岳に鼻の奥がツンと痛む。止まっていた涙がまた滲み出して山岳のTシャツにどんどんしみこんでいく。許容量を超えたペラペラの布地は山岳の胸にぺったりくっついて、じわじわとその面積を広げていく。

チラリと横目で見た、さっき山岳が転がしていた石の欠片が、涙越しにキラキラと光っている。ぜんぶ削って外に撒いて、山岳といっしょに綺麗だねって笑ったらそれだけできっとわたしはいちばん幸せになれる。







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