海 首輪ひとつで



06

「そういえば、お前ら別れんの?」

パチパチと瞬きを繰り返すばかりの真波に、早くもイラッとした。俺の言ったことぜんっぜん理解できてそうにないその表情も、着替え途中の、中途半端なところまで開かれたジャージのファスナーもなんかすげえイラっとくる。岡本はどこ見てかわいいって言ってんだ。もしかして俺の見てる真波と岡本の見てる真波は別人か?

「え、チサさんとですか?」
「おー、つか、すぐわかれよそんくらい」
「や、なんのことかなーって思って…別れない、と思いますけど…」

怪訝そうに眉を寄せた真波に、やっぱり岡本の空回りだったかと納得する。大方、真波と他の女が歩いてるとこ見て勝手にひとりで騒いでたんだろう。真波は真波で人の話なんか聞きやしねーし、岡本は岡本で勝手に騒いで勝手に落ち着いてるし、やっぱりこいつら似た者同士じゃねーか。あと、仕草がどことなくイラッとさせられるのも似てるし、なんだかんだ言いつつ世話を焼いてしまうとこも似てるな…なんなんだこの傍迷惑なふたりは……

「あの、チサさんなんか言ってたんですか…?」

不安そうな真波の声というのを、初めて聞いたから少しだけ驚いた。こいつでも不安になることあるんだな。どんな大会の直前でもヘラッヘラ笑ってるし、学内でたまに見る真波もどこかぼんやりしてるし。そういえば、岡本から聞く真波はけっこう拗ねたり怒ったりしてたよな。
俺の言葉を待っている真波の目に、焦りが浮かび始める。俺は岡本からどんなに真波のこと聞いたってかわいいとか微塵も思わないけど、後輩の恋路を邪魔する気だってさらさらない。

「あー、なんか、好きすぎるから別れたくないよ〜っつってたわ」
「ええっなんですかそれ?」
「つーか、あいつお前の話するときほんっとうぜーんだけどなんとかしろよ!特に知りたくもねーお前の情報とか聞かされる身にもなれ!」
「そんなことオレに言われても…」

はにかんだ真波の目元がうっすら赤くなっている。あーーーうぜーーやっぱり全然かわいいとか思えねーーどうやったら拗ねるのか、このままひたすら岡本の話を出し続けてみようかな。


07
「なあに?これ、くれるの?」

帰り道、明らかに挙動不審だった山岳がものすごく雑に手渡してきたのは、まだ封の開いていないスポーツ飲料のペットボトルだった。なにこれ、くれるの?でも、山岳なんか拗ねてない?
頑なに私のほうを見ようとしないくせに、ペットボトルが引っ込められるわけでも、ため息吐かれるわけでもないからなんなのかよくわからない。とりあえず封を開けて、山岳に返したらすっごく嫌な顔された。なに、なんなの?なんか間違えた?

「なんで返すんだよ、チサさんにあげるって言ってるのに」
「えっそうだったの?てっきり蓋開けてほしいんだと思ってた」
「それくらい自分でやるよ」
「ごめん、でも、ありがとう山岳」

蓋を開けたついでに一口飲むと、ほのかに甘くて、やっぱりすごく染み渡るかんじがして、水分とってる!って実感する。スポーツ飲料って、そういえばあんまり飲まないよなあ。いつも、甘いジュースとか紅茶を買ってしまう。
ふと視線を感じて横を向くと、なぜか山岳が、今度は食い入るように私を見つめていたから、思わず立ち止まってしまったくらいには驚いた。なに?こわいよ!今日の山岳は本当に挙動不審すぎる。

「や、あの、飲みたかった?」
「ううん」
「遠慮しなくていいんだけど…」
「喉かわいてないからいい。それより、それ、おいしいかった?」
「ん、うん!久しぶりに飲んだけどやっぱりおいしい!」
「そっか〜」

なんだかほっとしたように顔を緩める山岳に、私もとりあえず笑い返すけど頭の中ではクエスチョンマークが無数に浮かんでいる。ほんと、なんなんだろ?ものすごく不機嫌そうだな〜と思えば急にジュースくれたり、飲んでるの不安そうに見てたと思えば、感想を言ったら安心したり…まあ、今はいつも通りっぽいけど…こんな山岳はけっこう珍しい。

「あ〜なんか安心したらお腹空いた!チサさん、コンビニ行こうよ」
「えっ、山岳なにか不安だったの?大丈夫?」
「うん。ね〜それよりおにぎり買いに行こうよ、おにぎり」
「いやいいけど…?今日の山岳わけわかんないね?」
「あのさ、俺、チサさんのこと好きですって言っといた」
「何が?!なんの話?!って、誰にそんなこと言ったの?!」
「黒田さん」
「なんで?!」

ほんっとうになんで?!明日黒田くんに会ったときなんて言って話し始めればいいの…恋愛相談とかたまにしてるけど、クラスメイトにあんまりそういうのろけみたいなことしないでほしい……あ〜明日学校休みたい…
明日のことを考えて一瞬ものすごく絶望したけど、山岳がやけに晴れ晴れとした顔をしてるから、私もなんだか気にしてるのがバカらしくなってくる。顔を合わせたとき微妙な空気だったら、もういっそ私ものろけよう!だって、山岳のいいところたくさん言えるもん!

「じゃあ私も黒田くんに、私も山岳のこと好きですって言うね」
「え〜それ黒田さん怒るよ」
「うん、まあ、怒るだろうね」
「俺が言っとくからチサさんはいい」
「どんな伝言ゲームだよ?!って言われそう」
「でもいいの、俺が言っとく」
「うん、じゃあ山岳が言っといて」
「平地練習のとき言ったら、黒田さん怒りで我を忘れて練習コース山になったりとかしないかな〜」
「なにそれどんな理由?そんなことあるわけないでしょ」
「やっぱりないか〜〜〜!」
「ないない」
「チサさん、明日のお昼、ミーティングないからいっしょにご飯食べよ」
「うん、もちろん、食べよう」








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