海 あのスーパーで



03
雷が落ちたみたいな衝撃とか頭を鈍器で殴られたようなショックとか、そうやってドラマや小説では言ってるけど現実ではそんな悲劇みたいな感情は起こらない。
昨日、お母さんから頼まれた買い物を済ませてスーパーから出たら、部活帰りの山岳を見つけた。いつも通りの山岳の隣に、いつも通りじゃない知らない女の子が楽しそうに笑っていた。よく話を聞く、幼なじみの委員長、じゃない。山岳よりずっとずっと小さいその女の子は、なにやら手を動かして一生懸命山岳に話しかけている。女の私から見たって、かわいいなあ頭なでたいって思うような動作をする。側から見ても、彼女は山岳が好きだった。夕日を受けている横顔は幸せそうに緩んでいた。
山岳が、女の子に向かってにこりと屈託なく笑っている。その笑顔の向かう先は私じゃない。見ていたくなくて、忘れ物をしたふりを自分にしてスーパーの中へ戻った。



「ねえええ黒田くん、山岳ってやっぱりモテるんだよねえ」
「は?知るかそんなこと」
「黒田くんから見ても山岳ってかわいい?」
「んーなこと考えてたら思いっきり変態じゃねぇかよ!気色悪い話するな!かわいいわけあるかあんな不思議な後輩!」
「えっ、えーそこまで言わなくても…山岳かわいいよ?」

好きなご飯だとすごく嬉しそうにするけど食べ終わったらちょっとしょんぼりしちゃうとことか、からかうと唇を尖らせて不機嫌になっちゃうとことか。指を折って山岳のいいところを黒田くんに伝えたけど、ふたつ伝えたところで黒田くんが本当に嫌そうに唸りだしたから空気を読んでやめた。でもあと十個くらい簡単に言える。
そう、こんなに素直でかわいい性格だし、顔はそのへんのアイドルよりずっとかわいいし、自転車乗ってるときは別人みたいにかっこいい山岳を、好きなのは私だけじゃないなんて考えてみたら当然なのだ。むしろ、ひとつうえで、特にかわいくもなくて、性格もじめじめしている私とよく付き合ってるな…

「山岳なんで私と付き合ってるんだろうね…」
「変わりモン同士だからじゃねーの」

すでに自転車雑誌を読み始めてしまった黒田くんの返答はものすごく適当だった。あまりに適当すぎる。地味に気になって、あんまり寝られなかった私の話とかしたら、もっと親身になって聞いてくれるかな。無理か。

「わたしが山岳に振られたら黒田くんの隣で一週間ずっと泣き続ける…」
「おいやめろ、俺の運気が下がりそうだ」
「やだよ〜山岳だいすきなのにやだよ〜」
「俺が真波だったらもっと明るいやつに乗り換えるわ」
「ひどい!その通りなんだけど!でもひどい傷ついた」
「その通りなのかよ!お前どんだけ自己評価低いんだ!もっと自信持てうぜーんだよ!」
「あのさあ、相変わらずすごいいいツッコミするよね、黒田くんって」

突き落としてからの応援をここまで自然にできるのってすごいよね。これで自転車部なんだから黒田くんのポテンシャル計り知れない。褒めたつもりだったのに黒田くんは「あああああああああもうこいつやだ!」と頭を抱えて雑誌の上に顔を伏せてしまった。名前を呼んでも反応はない。もしかして、えっ、な、泣いてる?



04
「あっチサちゃんがユキちゃん泣かせてる〜」
間延びした声が頭のほぼ真上から降ってきたから、すぐに葦木場くんだとわかる。挨拶代わりに手を振ると、無表情のままだったけど手を振り返してくれた。葦木場くんは黒田くん繋がりでたまに話すけど、山岳とは違うベクトルで不思議だよなあ…山岳の考えてることってなんとなくわかるけど、葦木場くんは全然わからない……

「泣いてねーよアホ!」
「あ、復活した〜ユキちゃんおはよ〜」
「おはようじゃねーよもう昼じゃねーか!なんの用だよ!俺は雑誌読んでてーんだよ早く用件だけ言って帰れ!」
「く、黒田くん、落ち着いて」
「元凶その一が言うんじゃねえ!」
「えっ、チサちゃん、ユキちゃんになんかしたの?」
「ううん、山岳の話してただけ」
「あ、そうなんだ〜それでユキちゃん怒ったの?変なの」
「ね、変だよね」
「あああああああああうぜー!こいつら二人まとめちゃいけねーやつだった!なんなんだよ雑誌読ませてくれ!」
「黒田くん落ち着いて…」
「くだらねーテンドンしてんじゃねー!」

そう吠えた黒田くんは、さすがに電池が切れかけてきたのかだんだんとおとなしくなる。疲れきったように椅子に深く座りなおした黒田くんの目はうつろだった。そりゃああれだけツッコミしてれば疲れる。でも性格的に放っておけないんだろう。なんて苦労人なんだ黒田くん。

「ユキちゃん、数学の先生が呼んでたよ」
「………おー、行ってくるわ」

黒田くんの今の状態をまったく気にしてない葦木場くんもすごい。あまりのマイペースっぷりにハラハラするけど、黒田くんは慣れてるみたいで、後ろ頭を掻きながら教室を出て行った。葦木場くんは、手をヒラヒラ振りながら黒田くんを見送って、おもむろにその空いた椅子に座る。葦木場くんもいっしょに行っちゃうんだとばかり思ってたから、黒田くんの席に私と向き合うように座ったから驚いた。あんまり、二人で喋ったことはないからちょっとだけ緊張する。

「ね〜、俺には真波の話しないの?」
「えっ、え、いいの?」
「ん?いいよ?俺、あんま真波のこと知らないから、教えて」

キョトンと首を傾げる葦木場くんのことを伺いながら、ポツリポツリと私の知っている山岳のことを話していく。お米が好き、坂が好きすぎてよく約束をすっぽかす、たまに山頂の写真を見せてくれるけど撮るのがあんまりうまくないせいで違いがわからない、意外にすぐ怒る…ポツリポツリだったのが、いつのまにか前のめりになって葦木場くんに話している。
葦木場くんの首が、ゆるりと反対側に傾けられて、ハッとなって口をつぐんだ。もしかして、こんなどうでもいい話じゃなくて、なにか、自転車に関係する山岳の話とかのほうがよかったのかな。

「ごめん、あんまり自転車に関係ない話だったね…」
「ん?うん、あのさ〜聞いててずっと思ってたんだけど」
「うん?」
「チサちゃんて、真波のことすごい好きなんだね」

今まで考えすぎていたものが、ストンとおなかに落ちたような気がした。昨日見た光景が頭の中に鮮明に思い出されたけど、不思議と昨日感じた言いようのないイライラはなかった。なんだかあっけなくて、思わず笑ってまう。

「違った?」

パチパチと不規則に瞬きを繰り返す無表情に、違わないよ、それだけ返して、帰りに山岳に会いに行こうと携帯のメール画面を開いた。








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