海 触れないほど


触れないほどやわくはないし

04
天気が良いから、外で一緒にご飯を食べようと探していたのになかなか見つからないと思ったら。
チサさんのクラスで聞いた、「三時間目の終わりから保健室に行ってまだ帰ってきてないよ」、その情報を頼りに保健室へ行くと、ひとつだけ閉められたカーテンの向こうに確かに人の気配があった。
「チサさん?」確信を込めて呼び掛けると、ついついとカーテンが動いた。
そっとカーテンの隙間から顔を入れると、鼻まで布団にくるまったチサさんと目が合った。どうしたの、大丈夫なの、そんな言葉をかけるより早く、唯一布団から出ていた目が恨めしそうにじとりと俺を睨みつける。
「メールいっぱいしたのに」、くぐもっているうえにボソボソの早口でそんなことを言われ、理解するまでに少しかかった。咄嗟にポケットというポケットを叩いたけど、携帯の感触はなかった。ごめん、惚けたような声にチサさんの目が柔らかく形を変える。許してくれた、とわかってやっと息がつけた。

「三通メールして、返事来ないからわかってた」
「たぶん家にある」
「うん、そうだと思ってた」
「ごめん」
「それより手、繋いでほしいな」

縋るように差し出された手が、催促するようにブレザーの裾を引っ張る。音も立てない甘え方が、素直にかわいいと思った。
普段、俺から手をつなぐことはあまりなくて、だいたい気付けばチサさんからそっと指を絡めてくる。だから、情けないことにどれくらいの力加減かとか、どうしたらいいのかっていうのがわからないし、少しだけ恥ずかしい。レースで優勝した時求められる握手で、恥ずかしい思いなんてしたことないのに。
「ねえ、手」ブレザーから離された手が、居場所を探すようにフラフラと動かされる。まぎれもない、催促だ。
とりあえず、俺のひとまわりも小さな手だから、俺の知ってる限り脆いものを思い浮かべる。脆くて、でも柔らかいから、そう、クリームパンだ。しかも、デザート用のやっわいクリームパンだ。クリームパンを持つ感じだ。

「ん、山岳、くすぐったい」
「えっ」
「なんか、遠慮しすぎてくすぐったい」
「そう?」

ほんの少しだけ、力を込めてみる。より鮮明になったチサさんの手の感触。チサさんが、俺の手のひらの中で指をごそごそと動かすから、今度は俺のほうがくすぐったい。

「ねえ、じっとしててよ。くすぐったいから」
「じゃあ、じっとさせて」

どうやって、とは続けないチサさんの目が楽しそうに細められる。

チサさんの手が、俺の手を振りほどくようにして動き出したから反射的にギュッと抑える。一瞬びっくりした顔のチサさんを見て、しまった、と思うけど力を緩めるとまたさっきみたいにとりとめもなく動き出すから、ものすごく気を付けてぎゅうぎゅう握ってみる。二人分の熱がこもって、あつい。

「これ、クリームパンだったらもう潰れてる」
「クリームパン?私の手、クリームパンじゃないよ」
「そうだけど」
「もっとぎゅっとしていいよ」
「痛いよ」
「痛くないし、べつに何も飛び出ないからいいよ」
「飛び出したらおもしろいけど」
「 じゃあ、何か飛び出すかもしれないからもっとぎゅうぎゅうに握って」
「はいはい」









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