さんがくと 嫉妬


なんだか山岳の様子がおかしい。

「チサちゃん、鞄持ってあげようか?」
「や、いいよ」
「えーなんで」
「教科書置いてきてるから重くないし」
「でも、オレ持つよ」
「いやいやいや良いって!山岳だって自分の鞄あるじゃん!」
「オレも教科書置いてきてるから重くないし」

いいからいいから、と無理矢理私の肩からスクールバックを奪ってにこにこしている山岳は、確実にいつも通りじゃない。
以前私がクラス全員分のノートを持って廊下を歩いている時、走って隣に並んだかと思うと、新発売するというゲームについて喋り倒し走り去ってくような山岳が。
目の前が塞がりそうだったあのノートを完全スルーできた山岳が。
よりにもよってこのぺちゃんこスクールバックに目を向けるなんて。

山岳の様子を伺うと、やっぱりにこにこしながら私の鞄を肩からかけ、自分のリュックを背負い、自転車を引いている。目が合うと恥ずかしそうにはにかまれた。
人の荷物どころか自分の荷物すら持ちたくない山岳なのに。
ていうか、これ、私すごく嫌な女だよね?
こんな大荷物持ってる人の隣を手ぶらで歩くなんて、すごく嫌な女だよね?こんなとこ知り合いに見られたら良からぬ噂が立ちそう!

「やっぱり鞄返して!」
「うわっ!」

居たたまれなくなって思いきり鞄を引っ張ったら、山岳が少し傾いたけどさすが自転車部。鋭すぎる反射神経でもって私の鞄は離さない。
山岳が鞄本体、私は肩紐。鞄で綱引きでもするように私たちの間を行ったり来たりする鞄。

「山岳っ、鞄返してっ」
「チサちゃんこそ、離しなよっ」
「なんで?!」
「俺が持つって」
「いやいやいや客観的になって!ふつうに考えてもう荷物2つも持ってる人に自分の鞄持たせないよね!」
「だから良いってっ」
「私が!良くないっ!」

ふんっ!と思いきり鼻に力を込めて鞄を引っ張るとやっと私のもとに戻ってきた。なんだか少しだけヨレてる気がする。そりゃああれだけ引っ張れば当たり前か。
残念そうな山岳のため息。やっぱり、おかしい。

「どうかしたの?」
「んー、別に…あ、チサちゃん、手引いてあげようか?」
「え、手?なんで?」
「夜道は暗くて危ないから」
「今さら?もう下り坂過ぎたよ」
「麓も危ないし」
「危なくないよ、山岳が車道側にいるし…」
「いいの、手出して」
「えええ」

はい、と差し出された手を困惑しながらも掴む。自転車のハンドルを握っていた手は温かい。

山岳の自転車がアスファルトを踏んでいく音と、私たちの靴音だけが静かに静かに耳を揺らす。
いっしょに帰るときの沈黙なんてそう珍しくもないんだけど、今日はなんだか気まずいというか、息がつまるというか。
状況的には”手を繋いで帰るラブラブ下校デート”のはずなのにそんな空気微塵もない。そういえば、最近これによく似た光景を見た。そう、ええと、最近町のほうにできた老人ホームから職員さんといっしょになってよく散歩しにくるおじいちゃんたちがそう……

「介護か!」

それに気付いたらもうおかしくておかしくて、山岳と繋がれたままの手をぶんぶん振って笑ってしまう。
短い悲鳴をあげていた山岳も、私の言葉の意味に気付いたのかいっしょになって笑い出す。
前から歩いてきたサラリーマンが、いきなり大声で笑い出した私たちを避けるようにして通っていった。近所迷惑だね、と見合わせたお互いの視線でまた笑いが込み上げてくるからもうしょうがない。

やっと落ち着いた頃には、不自然に繋がれた手は離されていたし、山岳もやたらにこにこしていなかったし、鞄もちゃんと私の肩にかかっている。ついでに言うと、いつもよりピシリと伸ばされていた背筋も今では少し丸められた猫背に戻っている。

あーあ、残念そうに息を吐いた山岳がクタクタと自転車に寄りかかる。ハンドルに肘を置いて顔を伏せて、苦しい時によくするポーズ。

「どうしたの」
「んー」

膝をついて、下から山岳の顔を覗き込む。髪の毛が顔の周りに垂れていて表情がよく見えない。
手を伸ばして髪の毛を耳にかけたけど、サラサラの猫っ毛はうまく耳にかからなくてすぐに顔の周りに戻ってくる。そのたびに山岳は擽ったそうに小鼻に皺を寄せる。

「ほんと腹立つくらいサラサラだよね」
「…東堂さんもだよ」
「そうなんだ」
「俺よりサラサラかも」
「へー、じゃあなんのシャンプー使ってるか聞いてみてよ」
「えー」
「えーって」

何度か繰り返して、やっと髪の毛を耳の後ろでおとなしくさせることに成功した。軽い達成感。

「そっち側だけ?」
「え?」
「髪の毛」

そう主張するようにフルフルと首を振るもんだから、耳にかかってないほうの髪の毛はまた好き勝手にぴょんぴょん跳ねるし耳にかかっていたほうの髪の毛も落ちてくるし。
苦労が水の泡、とばかりに軽く髪の毛を引っ張ったらすぐさま悲鳴があがる。生え際って引っ張られると痛いよね。

「先輩から、何か言われたの?」

彼女には優しくしろとか気を遣えとか。
さっきチラリと聞こえた東堂さんという単語が気になって山岳に聞いてみる。

「言われてはないけど」
「違うの」
「うん、あのさ、チサちゃんこの前東堂さんといたでしょ」
「東堂先輩と?」

記憶を掘り返してみると、確かに昨日だか一昨日だかに東堂先輩と会った気がする。会ったと言ってもちょっと挨拶して山岳の話してそれだけだったはずだけど。

「もしかして、それ、嫌だった?」
「ううん」

あっけらかんと首を振るからますますわけがわからなくなってくる。何が、山岳をこうさせてるのか見当もつかない。これは、いかに小さな名探偵と言えど推理不可能なんじゃないの。

「東堂さんは大好きな先輩だし、嫌じゃない」
「うん」
「でもさ、東堂さんがチサちゃんに扉開けてあげてたから」
「え、そうだっけ?」

そうだっけ?東堂先輩に扉開けてもらったっけ?
覚えてないけど東堂先輩なら開けてくれそう。

「チサちゃんすごく嬉しそうだったから」
「そんなに嬉しそうだった?」
「うん」
「どのくらい?」
「えー、限定味のお菓子買うときくらい?」
「相当じゃん」

そうかな、そんなに嬉しそうだったのかな、私。確かに扉開けてもらえたら嬉しくなるかな?なんかこう、特別って感じで嬉しくはなるかな?いや、どうだろうな、改めて考えてみるとよくわからないな…

「それ見たらオレもって思って」
「山岳のは完全に介護だったよね」
「とにかく疲れた〜」
「お疲れ」
「顔痛い」
「あんなににこにこしてたら当たり前だよ」
「東堂さんみたいに優しくしようと思って」

そんなこと思ってくれてるだけで嬉しい、とは恥ずかしくてとても言えないけど。
まあ、でもこの際だから前から言おうと思ってたことだけ言わせてもらおう。

「じゃあこの前貸した千円返してほしいな」

今日サイフ忘れた、絶望したように呟く山岳がおもしろかったからもうしばらく待ってあげることにしようかな。








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