新開悠人



中学三年生にもなると周りはうっすらお化粧をしてみたりして、わたしもやっぱりそういうのに憧れがあったりするわけで。なんとなくドキドキしつつ、ファッション雑誌からお化粧のページを開いてお母さんのメイク道具を引っ張り出してきた、まさにその瞬間。
「よ」、と声が掛けられたと思ったら、幼馴染がズカズカと私の部屋へ入り込んでいた。ごくごく自然に。まるで自分の部屋に入ってくるみたいに。
お隣さんの新開悠人は、不意にこうやって入ってくるからちょっとだけ困る。現に今も、前髪をちょんまげみたいに縛ってメイク道具片手に口をポカンと開けてるなんて、間抜けなところ見られてるんだから。私の失態をつ見慣れている悠人は、ちょっと馬鹿にしたように唇の端をあげただけだったけど。

「…ノックしてって言ってるじゃん」
「ごめん、忘れてた」
「悠人、前もそうやって言った」
「そうだっけ?」
「そうだよ、びっくりするからノックしてよ」
「さーせん」

ぜんぜん悪いと思っていなさそうな謝り方大会とかあったら、悠人は絶対優勝できると思う。
人のベッドに勝手に寝転がりながら「で、何してんの?」ともう気にした様子のない悠人にため息しかでない。いつものことだけど。

「あのね、お化粧の練習するの」
「化粧?チサ、化粧なんてするの?」
「うん、やってみたい」
「下手そうだな」
「やってみなきゃわかんないじゃん」

やる前からなんてこと言うんだ。悠人って女の子たちからは優しいとかかっこいいとか人気みたいだけど、ぜんぜん優しくなんかないと思う。こういう意地悪も言うし、勝手に私の部屋入ってくるし、私のおやつだって食べちゃうんだもん。悠人のお兄ちゃんの隼人くんのほうが、断然優しい。
少し落ち込んだ心のまま、雑誌に目を落とす。それこそ化粧なんかいらないじゃんってくらい綺麗な顔の女の子がクリーム色の液体を手にとっている。『まずは下地を塗ろう!』下地、下地ね。顔に日焼け止め以外のものを塗るのは初めてて、緊張する。

鏡を真剣に見ながらおでこまで下地を塗り終わったとき、不意に悠人が私を呼ぶので目線だけ動かすとニヤニヤしながらこっちを見ているから嫌な予感しかしない。

「何?帰るの?」

一縷の望みを込めながらの問い掛けもあっさりと無視をされた。返事すらない、完全な無視。
これもいつものことだから気にしない。気にしないけど、悠人がやけにおもしろそうに私を見ているのだけが気になる。これは、良くないことを考えている顔だ。

「オレが化粧してあげようか?」

構えていた私の、予想斜め上をいく考えだった。化粧?悠人が?悠人、お化粧できるの?

「けっこううまいよ」
「え、な、なんで?」
「してたから」
「え、え、悠人が?なんで?どうやって?」

母さんのやつ使って、とベッドから降りて私の真ん前に座り直した悠人は、私の目尻を指して「塗り過ぎ」と笑う。
ああ、思い出した、そういえば悠人って少女願望とやらがあるんだっけ。詳しく聞いたこともないけど、お化粧までしちゃってるのか。

「なんか、お化粧までしちゃったら後戻りできない感じだね」
「いや、ただの興味本位だから」

ただの興味本位にしては塗り過ぎ箇所を見つけるの、早いんじゃないかなあ。それとも、塗り過ぎってそんなにすぐわかっちゃうものなの。
悠人の指が、目尻ばかりでなくおでこや鼻や、唇のあたりを何度も擦るからくすぐったくてしょうがない。

「チサってさあ、意外に肌荒れとかしないんだね」
「あー、なんか、あんまり」
「チサのくせに」

唇を尖らせて、私の両頬を摘むとギリギリ力を入れてくる。痛い、なにこれ、こいつ、本気でわたしの顔の形変えようとしてる!手加減とかぜんぜんない!
ギリギリと悠人の指が食い込むのをどうにかして止めたくて、おもいきり首を振ったらパチンと音がして自由になる。鈍い痛みの残るそこに手を当てると熱を持っていた。

「悠人ひどい!痛いよ!」

痛みにじわりと視界が滲む。
なんでこんなことになってるの。悠人が来るといつもこうだ。小さい頃から悠人が関わるといつも私は悔しい思いをする。

「悠人なんか嫌い」

瞬きをすると、堪えきれなかった涙が頬を伝って落ちていく。お化粧のせいか、なんだか自分の肌じゃないところを涙が伝っているようで気持ち悪いし、抓られた部分は冷たい涙のせいで余計に熱をもったように感じた。痛みは増すばかりだ。
ごめん、ちっとも悪く思っていなさそうな声がさらに私の神経を逆なでするけど、悠人には敵わないってわかってる。

「痛かった?」

そっと顔に添えられた手と、表情がちぐはぐだ。やわやわ撫でる手つきはこんなに優しいのに、その深い黒の瞳は愉快そうに揺らめいている。

「ごめんね」

綺麗に口紅塗ってあげるから
かたいスティックの口紅が唇に触れる。やんわりと押し当てられたそれは、気持ち悪いくらい優しい。








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