マネージャー 黒田


「おお、これは気持ちいいかも…」

たぷたぷと手に吸い付くような黒田くんの筋肉。筋肉って、本当は柔らかいほうが良いらしい。知らなかった。練習終わりに声をかけたのも功を奏してか、しっとり汗ばんだ肌が手にいい具合に馴染む。気持ちいい。なんかこう、ストレスたまったとき無心で触らせてほしい。

「あの」

明らかに戸惑った声に顔を上げれば、声と同じくらい戸惑った表情の黒田くんと目が合う。筋肉触らせてって頼んだ時はちょっと得意そうだったというか、むしろドヤ顔でレーパンを引き上げたのに。

「どうしたの、黒田くん」
「いや、あの、いつまで触ってんすか」
「あとちょっとだけ」
「さっきもそう言ったじゃないすか、俺着替えたいから」
「えー」
「えーじゃなくて」
「はあ、永遠に触っていたい」
「こえーよ!目がマジだよ先輩!笑えねーよ!」

自身の太ももを死守するように慌てて屈んだ黒田くんがちょっと女子っぽい。思わずかわいい、と呟いた言葉がさらに癇に障ったのかおもいきり睨まれた。
さすがにこれ以上絡んだら関係が悪くなりそうなので、降参とばかりに両手を上げる。まだ、注意深く伺うような視線を投げ掛けてくる黒田くんは、荒北とは違う意味で野生動物っぽい。荒北はサバンナにいる野生動物で、黒田くんは森の中にいそうな動物。あったかいとこに、いそう。

「いやいや、もう触らないって」
「ほんとっすか?」
「うん、ていうか私、葦木場くん探しにいかなきゃだし」

葦木場?黒田くんの眉間に寄っていた皺が、深くなる。いや別に葦木場くんの筋肉触ろうとか思ってないよ?
葦木場くんには、近々ある大会の申込書に名前を書いてもらわなければいけないのだ。私が書いても良いんだけど、葦木場くんはぼんやりしてるから日時の確認とかもいっしょにしたい。

そう説明すると、黒田くんはどこか呆れたように嘆息して立ち上がる。滑らかに、猫のようにしなやかに立ち上がる黒田くんにほんの少しだけ見惚れた。

「葦木場ならもうすぐ戻ってくると思いますよ、っていうか過保護すぎじゃないっすか?」
「いや、葦木場くんだから…」
「まあなんも言い返せねーけど」
「あと、今日ドリンクあんまり減ってないから、飲んでない人飲んでーってみんなに声かけといてくれると助かる」
「了解っす」
「お願いね、あ、あとさ、真波くん知らない?」
「真波?知らないっすけど、なんで」
「いや、今日部活来てたみたいなんだけど誰も見てないっていうから」
「ユーレイか!都市伝説か!アイツは!」
「来てるなら連絡事項伝えときたいんだよね…」
「ユキたちにも聞いときますわ」

都市伝説のような部員に苦笑を漏らしていると不意に、大変っすね、と少しだけ罰が悪そうな声が掛けられる。それがすごく申し訳なさそうだったからこっちがびっくりしてしまう。いつも自信満々な目が少しだけ垂れている。

ぜんぜん大変だなんて思ったことないけど。私から見たら、毎日汗だくになって、苦しそうにしながらも自分を鍛え続ける選手のほうが、よほど大変ですごいと思うけど。

「あ、じゃあさ」
「はい」
「また筋肉触らせてよ」
「ハァ?!」
「いや、あれすごく気持ちいいんだよね」
「なんで筋肉の話になるんすか!」
「あれ、無心で触りたくなるっていうか、嫌なことあったときにずっと触ってると心穏やかになるんじゃないかなって」
「人の筋肉でストレス発散してんじゃねーよ!」
「だってすごいプルプルしてて気持ちいい…」
「やっぱ目がマジだよ!こえーよ!」

フーッと毛を逆立て始めたこの野生動物に、引っ掻かれないうちに退散しよう。真波くんでも、探しに行こうかな。







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