さんがくと 不意打ちキス


階下から、お母さんが私を呼ぶ声で目が覚めた。あまり寝た気がしないと思いながら時計を見ると、ちょうど夕方になったところだったからびっくりした。そういえば、部屋も光が差し込んでないせいか薄暗い。
朝なんとなく気分が悪くて、お母さんが学校にお休みの電話をかけて、ご飯たべてお薬を飲んで、そして今だ。もしかしてずっと寝てたのかな。寝た気がしないどころじゃない、一日寝てたのか。まだはっきりとしない頭で一日もったいないことしたなあ、なんて考えていると階下からまたお母さんの声。

「真波くんがお見舞いに来てくれてるよー!」
「上がってもらってー!」

反射的に出た声は、本当に具合悪かったの?っていうくらい元気な声だった。お母さんと山岳の呆れ顔が目に浮かんだ。








「チサちゃん、入るよ」

扉の向こうからかかった声にどうぞ、と返事をするとおずおずと扉が開かれる。別に私の部屋に入るなんて初めてじゃないのに、なんとなく遠慮がちな山岳がおもしろくてつい笑ってしまった。

「お見舞いありがと、入って入って」
「体調、大丈夫?」
「うん!なんか、すごい元気!」
「えー、ほんと?」
「今すぐ学校行けるくらい元気だよ」
「うん、もう閉まってるけどね」

それもそうだ、と笑う私のおでこに山岳の手が伸びる。なんの脈絡もなくていきなりだったから少し驚いたけど、ヒヤリと冷たいその手が気持ちよくてすぐにどうでもよくなった。山岳って体温高そうだから、これはすごく意外だ。

「山岳の手、冷たいんだね」
「そう?」
「うん、ずっと置いておいてほしい」
「ずっとは無理だなあ」

撫でるでもなく、ただ置かれた手がおでこを冷やしてくれて気持ち良い。これはまた寝られそうかもしれない。眠い。さっきあれだけ寝たのにまた寝るなんて、しかも、せっかく山岳が来てくれてるのに。

急激に落ちてきた瞼を、下までつかないように必死に押しとどめる。ほっぺのあたりに力を入れて、ぐっと我慢。少しだけ開いている瞼の隙間から、睫毛が震えてるのが見える。たぶん今すごく気持ち悪い顔してる。不細工とか、そういうのこえてる。

「あのさ、山岳」
「んー?」
「私、白目剥いてない?」
「えっ?」
「白目」
「大丈夫だけど…」
「そっか、良かった」
「チサちゃん、眠い?」
「眠くない」

嘘だ。本当はすごく眠い。だんだん温かみを増してきた山岳の手が余計に眠気を誘ってる。もう私のおでことの境界線がよくわからないくらい、同じ温度になってきてる。

「手、替えて」
「いや、俺そろそろ帰るからさ」
「えー」

不器用に、まるで拭くようにおでこを撫でて手が離れていく。力加減が微妙すぎて、なんだかむしろくすぐったい。

「まだいてほしい」

山岳は、困ったように眉を下げただけだった。さっきまで私のおでこの一部だと思えていた手も、離れてみるとあっけない。なんだか、鼻の奥がツンとしてきた。

「山岳…」
「ん」
「白目剥きそう」
「また?」
「うん」
「眠いの我慢するから」
「違う、泣きそうだったから」
「また明日会えるよ」
「坂行かないの?」
「天気良かったら行くけど」
「白目剥きそう」

いつもよりずいぶん控えめな笑い声が、私のぼんやりし始めた頭に響く。いっしょになって笑いたかったけど、喉が少し震えただけだった。

「また明日ね」
「んー」

ふと、おでこに何か触れた。なんの音もなく少しだけ押し付けられて、一瞬で離れていったそれは、手、じゃない。もっと柔らかくて温かい。
頑張ってほんの少しだけ開けた目の隙間から、さっき話していたときよりずっとずっと近い距離で、目をまんまるくさせた山岳が見える。こんなに近くで見たことなんてないかもしれない。部屋は薄暗いけど、すごく近くでピシリと固まった山岳の目元が赤く色づくのははっきりと見えた。

「今の、なあに」
「えっ」
「おでこに」
「それ、聞くの?」

山岳は、すごくバツが悪そうに目を泳がせ始める。目元が赤い、頬も同じくらい赤い。珍しく、何かを言葉を探しているんだろうその唇は一文字に引かれている。

「あ」

なんとなく、わかった。

「ねー山岳」

眠くてしょうがない頭だから、こんな考えが浮かんでくるんだろうか。私が状況を理解したのを山岳も察したらしい、今度は口をもぞもぞさせて如何にもたじたじという風だ。珍しい。かわいい、とすら思ってしまう。

「もういっかい」
「えっ」
「だから、もういっかい」
「えええ」
「だって、寝てたから」
「チサちゃん起きてたよ」
「起きてない」
「起きてた」
「起きてませんー」

なんだかすごくおかしくなってきて思わず笑うと、つられたように山岳も眉を下げて笑い出す。ひとしきり二人で笑って、観念したように山岳が私のおでこを撫でる。

「さっきは、黙ってごめん」
「宣言されたら白目剥いてたかもしれない」
「驚きすぎて?」
「うん」
「今は?」
「白目剥きそう」
「こわ」
「ね」

おでこに触れた唇が、さっきよりあつい。









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