まなみと 坂道ランニング


何もないところで転ぶってどうやるんだろう。
ランニング中に転んだというチサちゃんの様子を見に保健室へ行くまでの間、いつ転ぶかなとちょっと興味津々だったけど一回も転ばなかった。そういえば、俺何もないところで転んだことないや。ふつうに歩いてて転ぶって実はけっこう難易度高いと思うけど、チサちゃんはいとも簡単にやってのけたらしい。
ポケットに入れておいた携帯がメールの着信を知らせる。確認したらチサちゃんで、「消毒液の場所わかんない」というどうしようもない内容だった。そんなこと俺に言われても。先生いないの?と打つより早くメールが来る。「ひとりぼっちなう」文末の、犬みたいな猫みたいな口をして眉を垂れた顔文字がチサちゃんと被って、かわいそうと思うと同時になんだか力が抜けた。
















「チサちゃんいるー?」

保健室のドアを開けながら名前を呼ぶと、すぐさま「やっほー」と気の抜けた返事が返ってきた。椅子に座ったチサちゃんは携帯片手に、こちらに向けて手をひらひら振っている。曲げられた膝と、辺りには地味に痛そうな擦り傷が見えた。

「まなみ来てくれたの」
「うん、チサちゃんの友達が教えてくれた」
「笑ってたでしょ」
「笑ってなかったけど呆れてたよ」
「違うんだって、坂道降りきったところでなんとなく気が抜けてね」
「ダサい」
「いやいや、あの辛い坂道を登って降りてあとは学校帰るまでの平坦道だー!って思ったら、なんかね」
「聞けば聞くほどダサい…」
「そんなこと言って、まなみだって転ぶときくらいあるでしょ?」
「そりゃあ落車とかはするけど…普通に走ってて転んだことなんてないよ」
「ええ、なんで?」
「や、知らないけど」
「うーん、まあまなみもそのうち転ぶよ」

いや、別に転びたくないんだけど。俺が来るまでに見つけたらしい消毒液をガーゼに含ませながら、チサちゃんは訳知り顔でうんうん頷いている。

「何もないとこで転ぶとびっくりするよ」
「そりゃまあ、そうだよね」
「お化け屋敷の百倍びっくりする」
「あー、俺そういうのあんまりびっくりしないや」
「えっ」
「たまにホラーゲームやるけど、急にゾンビ出てきても驚かないよ」
「うそ、じゃあ転んでも大丈夫じゃん」
「いや、だからと言って別に転びたくないけど」

そんなことより早く消毒しなよ、と促すと途端に押し黙るからわかりやすい。話している間にも、傷口の辺りをいたずらにうろつくだけの手が、いかに嫌なのか物語っている。チサちゃんは何事にもびっくりしすぎなんだと思う。消毒なんて少し染みるだけでそんなに痛くないのに。

「俺、やってあげようか?」
「ほんと?」

ぱあっと顔を輝かせながら渡されたガーゼは、すでに生温くなっていた。よく知らないけど、こんなに生温い消毒液で手当して意味があるんだろうか。チサちゃんの前に椅子を持って来て向き合って、消毒液を再度含ませようとしたら止められた。温かいほうが染みないような気がするらしい。

痛くないようにお願い、とこっちに向かって惜し気もなく伸ばされた足に、瞬間顔を逸らした。

「えっなんで顔逸らすの?!」
「ちが、ちょ、足伸ばさないで傷口だけ見せてよ!」
「あ!俺の足より太いなって吹き出しそうになったから顔逸らした?!」
「違うって!」

足なんて部活で嫌という程見てるし、教室で話しながらチサちゃんが足を伸ばしたときだって何にも気にならなかったのに、さっきのはなんだかすごく恥ずかしい。短パンだからふだん見ないところを見てしまったからなのか、向かい合った俺を少しだけ挟むような形になってるからなのか、好きな女の子の足を至近距離で見てしまったからなのか、全部かも。

「えっ私の足笑うくらい太い?そりゃあまなみより細いと思ったことないけどそんなに酷い?」
「違うから、ほんとに足伸ばさないで」
「え、ちょっとまなみ不安になるから、待って、あの、足くらべっこしようよ」
「しないよ!」
「最近特に太ったとかないんだけどたるんだんだと思う?!」

チサちゃんが自分の足をペチペチと叩く音を聞いて、咄嗟に消毒液をたっぷり含んだガーゼを傷口だと思われる場所に押し当てた。途端に「痛あああ!」と叫んだチサちゃんに想いっきり脇腹を蹴られて二人で悶絶する。

「ま、まなみごめん..反射だった..」
「って..や、俺こそ、なんか、ごめん」
「いや..わたしもしつこくてごめん...」
「...あのさ」
「ん?」
「いくら友達でもさ、俺男だから照れるよ」
「照れ?何が?」
「顔、逸らしたの」
「え、照れるの?まなみが?なんで?」

なんでなんでと不思議そうに呟いていたチサちゃんが、あっと気付いたような声をあげてまた押し黙る。目線だけでそちらを見れば、首まで真っ赤にしているチサちゃんが見えた。この空気を壊すには、今はいない養護教諭の登場を祈るしかない。











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