暑中見舞い 真波の髪の毛


「あれっまなみが髪の毛くくってる!」

手でパタパタと顔を扇ぎながら教室に入ってきたまなみは「だって暑いんだもん」と情けなく眉を垂れた。普段、どれだけ髪型変えようよと言っても頷きはしなかったのに。よくやった猛暑。グッジョブ。
暑い暑いと席に着くなり突っ伏してしまったまなみから、ひょんと飛び出したしっぽのような髪の毛。ためしに手で風をおくってみたら少しだけ揺れる。くくられてもなお、好きな方向にぴょんぴょん跳ねる髪の毛はなんだかおもしろい。

「それにしても、なんだか可愛い髪ゴムだね」

藍色の髪の毛をくくっているゴムには、ピンクと赤の可愛い苺モチーフがふたつ並んでいた。また例の、可愛いもの好きな新開さんにもらったのだろうか。
「部室にあったやつ、たぶん新開さんの」怠そうに、伏せていた顔を起こすまなみの頬には、くくりきれなかった髪の毛がひっついている。それによく見たら、無造作にひとまとめにしてあるだけだからおくれ毛とかデコボコ感とか、けっこうすごい。

「髪の毛も新開さんがやってくれたの?」
「ううん、俺がやったよ」
「わたし、やり直してあげよっか?」
「ええ、いいよこれで」
「もーっと綺麗にできるんだけどなあ」
「別に綺麗じゃなくていいよ」
「顔のまわりの毛、邪魔じゃない?」

ううん、と少し考える素振りを見せて、まなみは「じゃあやって」とくるりと背中を見せるから事がうまくいきすぎて驚いた。ほんと、普段なら絶対こんなことない。たぶんまなみが坂を前にして「今日はいいや」って言うのと同じくらいありえないことだと思う。これは相当暑さにやられているとみた。不謹慎だけど、ほんと猛暑グッジョブ…!

まなみの気が変わらないうちに、と慌てて髪ゴムを取る。見た目通りふわふわの髪の毛からは、一度も引っかかることなくするりととれた。羨ましいほどの柔らかさ。

「ねえ、リンスとか何使ってるの?」
「えーわかんない。家にあるやつ」
「なんてやつ?」
「オレンジ色っぽいの」
「だからなんてやつ?」
「知らなーい」
「…腹立つ」
「なんで!」

絹のような、とはちょっと違うけど髪の毛がかたい私にはすごく羨ましい。いいなあ。櫛を通す前に手で梳いてみたら、まなみの背中がくすぐったそうに動いた。それに合わせて、ふわふわと揺れる藍色の髪の毛。

「お団子とかにしてあげよっか?」
「ええ、普通に結び直してくれればいいよ」
「せっかくだし」
「じゃあ、三つ編みとかにはしないでよ」
「ガッテン承知!」
「なにそれ変なの」

櫛を鞄から取り出して、上から下へ通していく。やっぱりぜんぜん引っかかることはなくて、むしろあんまり感覚がない。もしかして、わたあめを櫛でといたらこんな感じがするんだろうか。

「まなみでも暑いとか思うんだね」
「なに言ってんの、当たり前だろ」
「暑さに強く寒さに弱いイメージ」
「あ、でもそうだよ」
「やっぱり?私、まなみマスターだね」
「チサちゃんは暑さに弱く寒さに弱いイメージ」
「それは一年のはぼ半分が地獄だね..私暑いほうが平気」
「じゃあ今も暑くないの?」
「んー、まだ大丈夫かなあ」
「今日朝練平地だったから俺、もうだめ」
「まなみどんだけ平地嫌いなの」

くだらないことを話しているうちに、まなみの頭にひとつ、お団子が完成する。我ながらこの柔らかい髪の毛でうまくやったなあと思う。もういいよ、と声をかける結んだところあたりを触りながら微妙な表情をするまなみ。

「あんまり触ると崩れるよ、ピンしてないし」
「なんか後ろから引っ張られてる感じがする」
「ちょっとキツめに結んだからかも」
「えー直してよ」
「まなみの髪の毛柔らかいし長さも微妙だからしょうがないよ、オシャレは我慢だよまなみ!」
「オシャレじゃなくていいよ、なんかこれ気になる」
「気にならない!」
「俺は気になるの」
「あ、ああああ…」
「ねえ、チサちゃんやり直して」
「えー」

はい、と髪ゴムを私の手のひらに置いて後ろを向いてしまったまなみの頭に、ぴしりとゴムを飛ばしてやった。「あいてっ」と間抜けな声が聞けたから、やり直してあげようかな。痛い、と不満そうな声をあげるまなみの肩に落ちた、ピンクの苺を摘まんだ。







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