マネージャー 中華

ことの発端は東堂の、「中華が食べたい!」という一言だった。おっ、いいねと真っ先にのってきたのが新開でたまにはいいな、と答えた福ちゃんを見て暫く考えたあと、まあ、たまにはなと荒北も賛成の意を示した。私は中華ではなくファミレスでいろんなもの食べたかったので、あまりギラギラした料理が好きではない荒北の反論を期待したのだがこいつの福ちゃんへの服従っぷりをすっかり忘れていた。何食べよう、とわいわい盛り上がる男4人にファミレスでいろんなもの食べたいです、とはさすがに言えなかった。




部活後さっそく、私と3年の4人に真波を加えたメンバーが近所の中華屋のテーブルを囲んでいた。真波は、わたしたちが揃って部室から出る時にちょうど会ったので声をかけてみたら着いてきた。真波も荒北同様あっさりしたものが好きそうだと思っていたので意外に思い、中華好きなんだ?と聞くと卵が食べたいんだそうだ。「甘いタレのーおっきい卵のやつ食べたい!」とにこにこしながら手を広げて大きさを示していたが、めいっぱい広げられた手の大きさの芙蓉蟹を想像したら胸焼けがしたので曖昧に笑って、うん、いいねとだけ無難に答えておいた。

「さて、俺はレバニラと青椒肉絲と醤肉飯にしよう」
「じゃあ俺は唐揚げとー鶏チリとー酢豚と炒飯」
「ちょっと新開、それ食いすぎなんじゃナァイ?」
「え、そんなことないだろ?そういう荒北は?」
「おれぁ野菜炒めと焼売に炒飯。福ちゃんは?」
「そうだな、俺は麻婆豆腐に白身魚のあんかけと中華丼だな」

えげつない注文の中福富と荒北のバランスのとれた注文にひとり感心しているとお前たちはどうするんだ?と話を振られる。まだ決めきれないわたしはチラリと真波を見るともうすでに決まっていたらしくみんなの注目があつまる中元気よく手を挙げた。

「はいはーい!俺芙蓉蟹!で、天津藩とーエビチリ」

一瞬にしてみんなの顔が顰められた。お前卵とりすぎだぞ!という東堂のもっともな意見に荒北も、もっと健康に気を使えボケナス!と続いた。荒北はともかく、スタミナとりすぎ感の否めない東堂に言われたくないよなあ..真波もそう思ったらしく、東堂先輩の注文だって!と返す言葉に東堂もお前よりはマシだ!と返すから聞いてて非常にしょうもないし荒北は騒々しさに切れそうだし新開はおもしろそうに見てるだけだし福富はマイペースに水飲んでるし、しょうがない...

「ちょっとちょっと、ストップ!うるさい!」
「でも岡本!こいつの健康が俺は心配なのだ!せめて芙蓉蟹か天津藩どっちかにしろとお前からも言ってくれ!」
「うん、東堂が正しい。真波、どっちかにしよう。ね。」
「でもチサさん、東堂先輩の注文だってお肉ばっかりだよ!」
「俺の注文は野菜も入っている!」
「あーもう、落ち着いてよふたりとも!」

早くなんとかしろ、と言わんばかりの荒北の睨みを一身に受けてとりあえず場を収めてみたはいいが、今度は真波と東堂がわたしをギラギラと睨んでくるもんだからたまらない。普段このポジションは荒北のはずだ。こんな苦労を日常的にしているのかと思うと可哀想になった。今度そっと甘いものでも差し入れてあげよう。

「うーん、じゃあ、こうしよう真波。私が中華飯を頼むから真波に半分あげる。で、真波の天津藩もわたしが半分もらう。そうしたら卵も食べれて野菜も取れるし良いと思うんだけど..えーと、だめ、かな?」

苦し紛れに言った一言が暫く両者を悩ませたようだが、東堂の、まぁそれなら..という、かなり渋々ではある了承を聞くと真波も笑顔になって了承の意を伝えた。

「岡本ちゃんはそれでいいわけェ?」

荒北の表情は実に複雑だった。巻き込まれなくて良かった、という安心感とわたしに対する申し訳なさ
を半々にしたかんじの表情だった。荒北がそんな顔することないのに。あまりに苦労人気質の荒北に少しだけ笑った。

「うん、わたしはいいの。あっ、でも杏仁豆腐食べたい」
「お、いいなデザート。俺も食べようかな」
「おめーはもう食うな。それ以上食うな。太る」

なんだよ太ったことないだろ、と結局杏仁豆腐も注文することになった新開に荒北は呆れたため息をついた。そのやりとりにみんなが笑った。



料理を待つ間わたしたちはくだらない話に花を咲かせた。誰が一番始めに食べ始めることができるかだの誰の料理が一番遅いだの好きな食べ物はなんだ嫌いな食べ物はなんだ、だの食べ物関係が多かったのはみんなお腹が減っているからだろう。部活の後なんだからお腹が減るのもしょうがないと思うのだが新開がポケットからパワーバーを取り出した時はさすがに焦った。

「いやいや新開、もうちょっと我慢しよう、ね、さすがにそれはない」
「大丈夫だって、これ食べたって料理もおいしく食べきれるからさ」
「そーいう問題じゃねぇだろこのバカッ!店で持ち込みのもん食うなんて非常識だっつってんだ!」
「そうだよ新開、もうちょっとでくるよ、きっと新開のが1番だよ」
「む!1番にくるのは俺のに決まっているだろう!」
「東堂黙ってて!」

そんなやりとりをしながら新開を抑えていたのだが「白身魚のあんかけお待ちィッ!」と店主の威勢のいい声とともにテーブルに豪快に料理が置かれたので心臓が止まりそうになった。おもに私と荒北だけ、止まりそうになった。慌てて新開のパワーバーを隠させようとしたが店主はもうばっちりと見てしまっていて、苦笑をしながら「高校生は腹減ってるからな!それ食って待っててくれ、悪いな!」と威勢よく男らしく厨房に戻って行った。かっこよすぎる。あざっす、と一応お礼を言いながらパワーバーを食べ始める新開の頭を荒北が叩いた。

「あ、福富も食べなよ。お料理冷めちゃうよ」

新開も食べてるし、と半笑いで新開に目線を送るとすでに半分も残っていなかったそれをむしゃむしゃと咀嚼しながら福富に料理を食べろと促す。みんなもそうだそうだ、と言って福富のためにお皿やら箸を渡すが、福富は受け取ったものの料理には手を付けずに「有り難う。だが、俺はみんな揃って食べたいのだ」と静かに微笑んだ。荒北が感動したような顔をした後、もう一度無言で新開の頭を叩いた。



テーブルに料理が次々と置かれていくのを見るうちにだんだんとみんなの目が輝きを取り戻していったのには笑った。あの感動的な台詞の後、私たちには空腹のための沈黙が数分できていた。誰ひとり喋ることなく、テーブルの上で湯気を立てている白身魚をひたすらに見つめているのだから福富の気まずさと言ったら計り知れない。荒北と東堂はひたすら無表情に、真波は泣き出しそうななんとも言えない悲し気な表情で、新開に至ってはスプリント勝負のときの顔に近づきつつあった。なんでさっき食べた新開が一番切羽詰まってるんだろう...無限の胃袋に恐怖を感じていると、店主がまた威勢よく「鶏からっ!鶏からお待ちぃっ!」と黄金色に輝く鶏の唐揚げをわたしたちの前に置いた。そこから継ぎ目なしに運ばれてくる料理たちを横目に福富を見たらどこか安心したような微笑みを浮かべていた。

「さあ、食うぞ!俺は食う!今たとえ宇宙人の侵略にあったとしても胃袋が満たされるまでこの東堂尽八は食べ続ける!」
「東堂どれだけ飢えてるの、意気込みすごすぎてちょっとこわいんだけど」
「何を言う岡本!俺はもう胃袋と背中がくっつきそうなくらい空腹なのだぞ!もともとスレンダーな俺がこれ以上痩せてみろ!モデルのようになった暁には女子に囲まれて身動きすら取れなくなる!」
「...東堂きもちわるい。今のは引いた..」
「気持ち悪いとはなんだ気持ち悪いとは!」
「あーもう!おめーらうっせ!」
「先輩、俺お腹空いたー」
「わぁかってるっつの!福ちゃん、挨拶!」

いただきます、と静かな声が半分も言わないうちに「っただきあぁす!」とみんなで示し合わせたように声が揃った。それに気付いたのは私だけだったが、一斉に食べ始めたみんなを見て幸福とはこういうことなのだなと思った。







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