まなみと 遅刻決定2分前

朝のホームルームが始まる五分前。もうクラスのほとんどの子は席に着いている時間だ。部活の朝練がのびた子とか、寝坊した子とかが足音荒く廊下を走っている。怒る先生たちはまだきっと職員室なんだろう。彼らを注意する声は聞こえない。
隣の席は今日も空だ。昨日の朝も、一昨日の朝も空だった。まなみが朝から来たことなんて、数えるほどしかないんじゃないだろうか。いつもだいたい2時間目前になって、おはよ、とまったく悪びれずに席に着くのだ。今日もきっとそうなんだろう。

あと二分でホームルームが始まる。まなみの遅刻が決定する二分前。廊下を走る音もだいぶ少なくなった。
朝のこの時間は嫌いだ。今から、楽しくない授業を六時間も聞かなきゃいけないんだから。体も頭も重い。帰りたいなあ。

頬杖をつき直したとき、突然ピシャンと何かを激しく打ち付けた音が教室に響く。シンと静まり返ったクラスメイトの視線は一点に注がれていて、頬杖からずり落ちたわたしも、教室のドアを開けたまま肩で息をしているまなみを見ていた。
じょじょに騒がしさを取り戻すクラスメイトたち。「真波!今日は遅刻じゃないんだな!」「珍しいこともあるねー、真波くんが朝からくるなんてさ」「ていうか、何かと思っただろ!静かに入ってこいよ!」口々にかけられる言葉に苦笑で返して、まなみはまだ息を荒くしたままわたしの隣の席へ来る。

「チサちゃん、おはよ」

かけられた言葉に、おはよ、とまだぼうっとした頭で返すとまなみの眉が怪訝そうに垂れた。

「どうしたの?今日、元気ないね」
「あ、いや、朝からまなみ来たからびっくりしてる」
「なんだよそれ」

からからと笑うまなみを見ていたら、なんだか頭の中がすうっとクリアになっていく感じがした。さっきまで重たくてもやもやしてたのに、霧が晴れていくように視界が色づく。心臓が動き出したかんじ。喉があたたかい。

「今日は坂行かなかったんだ?」

つかれたあ、と椅子に深く座り込むまなみは、何かを思い出したように手を鞄に突っ込んだ。大きいリュックは机から垂れ下がって床にまでついている。気にならないんだろうか。まなみはそんなこと気にする様子もなく、「あれー、携帯どこだっけ…俺さあ、チサちゃんに…」ぶつぶつ呟きながらリュックの中を探っている。もうホームルームの時間が過ぎている。職員会議がのびているんだろう、担任はまだ来ない。

「あった!」
「なに?まなみが携帯持ってるの珍しいね?」
「今日たまたま持ってたんだ。ねえ、それよりこれ」

差し出された携帯を見ると、そこには美しい景色のうつった写真が表示されていた。たぶん、どこかの山の上からとったんだろう。キラキラと光る海が写真の大半を占め、手前には木の葉っぱが日の光を何層にも屈折させていた。

「きれい……これまなみがとったの?」
「うん。今日行った坂の上からね」
「あ、やっぱり行ったんだ。坂」
「まあね」
「でも、本当にきれいだね、これ」
「でしょ。チサちゃんに見せようと思って急いで学校来た」
「ええ、ありがとう!」

さっき感じたあたたかさが全身に広がっていく。まなみのおかげだ。つまらない授業も少しはおもしろいものになりそうだ。ほぼ全ての授業で船を漕いでいるまなみでも、隣にいれば突ついて起こせばいいしまなみのノートに落書きして、後でなにするんだよと文句を言われてもいい。

「ねえまなみ、その写真ちょうだい」
「いいけど。俺やり方わかんない」
「添付して送信するだけだよ」
「添付?」
「ええ、まなみおじいちゃんみたいだね…」
「だって携帯面倒なんだもん」
「じゃあ携帯貸して。わたしその写真待ち受けにするー」
「じゃあ俺も!」
「ええ、まなみも?おそろい?」
「うん。俺のもやっといて」
「いいけど…あっ先生来た」
「ねえ、一限目なんだっけ?」
「現代文」
「あー寝れるやつだ。よかった」
「まなみ、寝れないやつでも寝てるじゃん」
「ねえ、それ待ち受けにしたら俺の机の中に入れといて」
「はいはい」
「おやすみ、チサちゃん」
「いや、久しぶりのホームルームくらい起きてなよ」







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