「ねえまさかこんなことになるとは思わなかったよね」
「俺ジュース買いに行きたかったんだけど」
「わたしだって」
「これ終わったら買いに行く?」
「間に合わないでしょ…あと十分で次の授業始まるよ」
「次なんだっけ」
「現国」
「うわ〜喉乾いたまま寝るのかあ」
「起きてなよ」
喉が渇いたまま寝るほうが辛いか、授業中喉の渇きに耐え続けるほうが辛いか議論しながらも理科の実験器具を洗う手は止めない。わたしはプレパラート、まなみはビーカー。手がゴツいからなのかもともと不器用だからなのか、やけに苦戦している。わたしがプレパラート係になって良かった。
「しかし担任もクラス全員分洗っとけってひどいよね」
「俺達が描いた担任の顔そんなにひどかった?」
「微生物のスケッチしないで落書きしてたからだと思うよ」
「あ〜そこか」
むしろそこ以外ないよね。でもまなみが描いた担任の顔はすごく下手だったからかもしれない。まなみの絵は悪意がないぶんひどいと思う。私の似顔絵だって、えっ私まなみからこんなふうに見られてるの?ショック…って思ったくらいだし。担任もショック受けたのかな。慰めてあげたい。
「まなみあとどれくらい?」
「ん〜…十二くらい」
「終わったらこっち手伝って」
「ええ、俺それやだ。割ると思う」
「割っても良いから手伝ってよ、終わんないよ」
「チサちゃんもう面倒になってきてるんでしょ」
「これ薄すぎてイライラしてきた」
「かわってあげたいけどさあ」
「まなみって不器用だよね」
「チサちゃんは意外に器用だよね」
「意外にってなに腹立つ」
そのまんまだよ、と笑うまなみに水をかけてやったらすぐさま仕返しされた。冷たい水が腕にかかる。せっかく極力濡れないようにしてたのに、まなみのせいで台無しだ。ギっと睨みつけたがまなみはこっちを見てすらいない。いつのまにか洗い終わったビーカーを雑に重ね上げ、「準備室行ってくる」と颯爽と姿を消した。
ヤバイ。これは置いていかれるパターンだ。待っててって言ったって絶対置いていかれるパターンだ。こんなちまちました作業ひとりでやるなんてゴメンだ、早くしなきゃ、ああ、ヒビ入った……
「チサちゃーーん」
「なにー!ねーまなみ待っててね!いっしょに教室かえろうね!」
「準備室おもしろいよー!」
「ええー?なにそれわたしも見たいー!」
「なんかー骨とかあるー!」
「なんっにもおもしろくない!絶対入らない!」
「魚とか虫の標本とかー」
「やめてー!」
想像したら寒気がしてきた。震えたついでに数枚のプレパラートを割ってしまったので、流しに流した。証拠隠滅。ていうかまなみのせい。当の本人は準備室からひょこりと顔を出して、「女の子ぶってる?」と言ってきたから手にいっぱい水をためて思いっきり顔にかけてやった。ああ、こういうことしてるから女の子らしく見えないのか。