真波とお昼ご飯

4時間目の数学の授業中に、サイレントにしてあったわたしの携帯がぴかぴかとメールの受信を知らせた。なんとなく誰だかわかったのだが、こっそり机の中で携帯を開くとメールは案の定山岳くんからだった。そこには、「今学校ついた!今日天気良いから外でご飯食べよ」とだけ書かれていて、私はこっそりと頭を抱える。4時間目の途中に来るなんて学校に何しにきてるんだろう。部活?部活をしにきただけ?お昼を食べてちょっとゆっくりして万全のコンディションでのぞむためだろうか?同じクラスではないから詳しくは知らないのだが、きっと1、2時間目の出席は相当やばいんだろうな、と心配になる。
「遅刻」とだけ書いて送るとすぐさま「中庭のベンチにもういるから」と返ってきた。授業終わりまであと数十分はあるのに!と何故かこっちが焦って、携帯を誰にも見られていないか、誰か中庭を気にしていないか、ときょろきょろそわそわしていたら隣の男の子が訝し気に私を見ていた。違うの、別に中庭に誰かいるかな、とかじゃなくてね、今日良い天気だなって思ってただけなの!と小声で誤摩化しているといつのまにか先生が回答を消してしまっていたので私はその男の子に後でノートを見せて下さいと頼むはめになった。全部、山岳くんが、遅刻してくるのが、わるい!

「山岳くんっ!」

授業終了のチャイムとともに教室を飛び出して中庭へ降りると、あ、チサちゃーんとベンチに仰向けに寝転がりながら手を振ってくる山岳くんが見えた。その呑気な光景に頭にきた私は、今日のお昼ご飯のパンを思いっきり投げる。山岳くんの顎にクリーンヒットしたそれは、暫く彼を黙らせることとなった。もちもちあんドーナツは外が少し固い生地なので、きいたのだろう。チーズ蒸しパンにしなくて良かった、と少し気が晴れた。

「いきなり何するのチサちゃん、ひどいよ」

顎をおおげさに摩りながらジト目で見てくる山岳くんだったが、あんドーナツの袋を開けながら遅刻のおしおき、とだけ言うと少し怯んだ。これ以上うるさく言われたくないのだろう、諦めたようにため息をつくと重箱みたいな弁当箱をぱかりと開けて、小さく頂きますと呟く。

「相変わらずおっきなお弁当」
「自主錬してたからこれくらい余裕余裕」
「自主錬、ねぇ」
「うん。今日も坂登ったんだ」
「いつものとこ?」
「や!今日はもうちょっと学校から離れたとこでさーいつものとこより陽が差さなくて、秘密の場所みたいなところ!」

お弁当の煮物をつつきながらにこにこ笑う山岳くんは本当に楽しそうだ。こんなに楽しくご飯を食べている山岳くんに小言を言うのはいくら私でも気が引けるものがあるのだが、今日という今日は私も言わなくては。いつも「委員長」やら「荒北さん」まかせにしていては申し訳ない。

「いいね、今度連れてって。自転車引いて」
「チサちゃんも自転車乗ろうよ」
「そりゃあ山岳くんの話聞いてたら乗ってみたくなるけど...」
「楽しいよ!のろ!」
「じゃあ、まずは平地から」
「えぇっ、平地なら俺いいや」
「なんでそういうこと言うの!」

だって俺平地嫌いなんだもん、と鮭の身をほぐし始めた山岳くんを横目で見ながら私はあんドーナツを膝の上に置く。話し始めるなら今このタイミングだ、さっきまでの、にこにこした彼に小言なんて言えるわけがない。鮭に真剣になっている今がチャンスだ。2、3回咳払いをして山岳くんを呼ぶと鮭から視線を外さすに生返事を返した。仮にも彼女がこんなに改まった空気を醸し出しているのに鮭から目もあげないとはいったいどういうことなんだろう?鮭>わたしという方程式が頭に浮かんだが、自信をもって打ち消せないところが腹立たしい。

「山岳くん」
「んー?」
「山岳くん」
「何?」
「山岳くん!」

だからなんなの、と渋々と言った表情で顔をあげる山岳くんに苛立った。山岳くんの出席なんて心配してやるのが馬鹿らしくなったが、もう彼の口から「今日も荒北さんと委員長に遅刻怒られたー」と言わせてはいけないような使命感にかられていた。今まで私自身に山岳くんの遅刻の実害がなかったので傍観を決め込んでいたのだが、ささやかでも被害を被ってみると本当にストレスだとわかった。荒北さんや委員長は今回以上のものを毎日のように感じているのだと思うといたたまれない。

「山岳くん、あのさ、わたしまでこんなこと言ったら鬱陶しいと思うかもしれないけど」
「んー?」
「遅刻、減らすようにしよう?」

鬱陶しそうな顔はさすがにしなかったが、またかという表情はした。これは相当毎日言われているんだなあ、と察しがつく。そしていかに山岳くんの朝の出席率が低いのかもわかって再度心配になった。

「うーん、努力はしてるんだけどさぁ」
「朝は起きてるんだよね?」
「うん、朝練1時間前には起きてる」

ほぐした鮭をご飯にまぶしながら放たれたその言葉に唖然とした。朝練1時間前に起きてるのになんで朝練や授業に来れないんだと呆れたが、箱根には山岳くんが目の色かえて登りにいってしまう坂が山ほどあるのだ。坂のことになると誰の言うことも聞かないのは周知の事実、心はすでに挫折しかけていた。荒北さんと委員長に任せようかな、という考えが何度も過る。

「いや、だめだ。これ以上荒北さんと委員長に迷惑をかけるわけには」
「チサちゃん荒北さんと知り合いだったの?」
「ううん、でも山岳くんがいつも、今日も荒北さんに怒られたーっていうから名前覚えちゃったの」

今日の部活のことを考えたのだろう、山岳くんは憂鬱そうな顔をしてほうれん草のおひたしを突ついた。そんな顔するなら坂なんて登らずまっすぐ学校に来ればいいのに..

「山岳くん、私もできるだけ力になるよ!ね!わたしに何ができるのか心底わからないけど、がんばるよ!」

ため息を吐き出した彼をさすがに可哀想に思い、食事中にこんな話題もなかったよな、と罪悪感もあって一応励ましの言葉をかけてみた。かなり本心での励ましになってしまったので応援する気があるんだかないんだか、かなり頼りない言葉になってしまったが。山岳くんもそれを感じ取ったのか、暫く不機嫌そうに私を見てほうれん草を突ついていた。しかし突然、何かを閃いたかのようにパアっと顔が明るくなったので私には良い予感なんてしなかった。

「チサちゃん!俺、思ったんだけど」
「...うん」
「チサちゃん、朝一緒に走ろうよ!」
「っえ?」

だからー、朝俺がチサちゃんちに寄るでしょ?で朝練で学校着くまでいっしょに走るでしょ?それだったら、俺が坂のほう行きそうになったらチサちゃんが止めてくれるし、俺もチサちゃんと一緒にロード乗れるし、必然的にチサちゃんといる時間も増えるわけだし、良いことだらけだと思うんだ!と、まさにニッコリと笑って言うもんだからその笑顔と最後の2つの可愛い理由にうっかり頷きそうになった。しかしよく考えろわたし、早まるな、だいたいそんな早起き辛いしわたしが山岳くんと自転車に乗るなんて力の差が歴然すぎて難しいし、
何よりいくら隣にいたとしても坂を前にした山岳くんを止められるとは思わない、でも最後の2つの可愛い理由はぜひ叶えてあげたい...わたしはいったいどうすれば。

ね、いいでしょ!今日チサちゃんの自転車みにいこ!ともうすでに決定したことのように言う山岳くんをどう止めるか、頭をかかえながら膝の上のあんドーナツをひたすら見つめた。







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