鮮やかに燃えろ

「靖友ー今から焼き芋するんだけど来るか?」

はあ?行かねェ。返事を待たずに電話を切る。何が悲しくて休みの日まで部活仲間といなきゃならないんだ。休みの日くらい休ませろ。福チャンの自主トレに付き合うってんなら行っても良いが。
後で福チャンとこ行ってみるかな、と中断された雑誌に目を落とした途端にまた携帯が鳴り出す。ボンヤリと光る携帯に表示されるのはやっぱりと言うか、新開隼人の名前で。だぁから行かねェって!握り潰す勢いで電話を握り締め、開口一番思いっきり怒鳴ってやろうと画面をスライドさせると、あらきた、と妙に神妙な女の声が空気を揺らした。

「荒北、暇でしょ?焼き芋するからおいでよ」

どこか気落ちさたように喋る女が誰なのかすぐにはわからなかったが、後ろで新開がもう元気出せよ岡本、と言っていたのを聞いてこれが岡本なのだとわかった。いや、わかったんだが、なんでこいつが新開の携帯から。いや、そもそもなんでこんなに落ち込んでいるんだ。俺の知ってる岡本は元気だけが取り柄のうるせぇ女だったはず。
焼き芋、早く来い、と静かに呟き続ける声が遠くなった。新開に携帯を取り上げられたんだとわかったが、それでもなお早く来いと呟いている。怖ェ。

「びっくりしただろ?靖友」
「つーか、なんだよアイツ。どうしたわけェ?」
「ふられたんだとさ」

手紙渡そうとしたらしいんだけど、好きなヤツいるからって受け取ってもらえなかったらしい。新開の説明を遮るように、バカ!言うな!バカ!と岡本の怒鳴り声がする。へえ、とまるで興味ないように装ったが、内心岡本に好きなやつがいたことに驚いていた。アイツでも、誰かを好きになるとかするのか。うるさくて猿のようにはしゃぎまわる岡本が、静かに誰かを想ったりするのか。なんとなく感動すら覚えた。

「で、その手紙燃やすついでに焼き芋やろうぜってなってな」

発想は怖ェが。後ろで騒ぎ続ける岡本もそろそろうるさいし、しょうがねぇ。行ってやってもいい。行く旨を伝えると、部室の側でやってるからと電話を切られた。あぁ、休みの日まで部活仲間と部室の側で焼き芋かよ。他のところでやれよ。
窓から外を見れば、秋らしい柔らかな太陽が余すところなく光を投げかけていた。一見暖かそうだが、やけにくっきりとした空気は冬が近いことを知らせている。コートを羽織りながら、ため息を吐いた。






部室の側からは、細く頼りない煙がショボショボと空へ上っていっていた。こんなモンで何か燃やすことできんのかよ、何考えてんだアイツら。新開と岡本は、たいして気にした様子もなくショボい焚き火に手を翳していた。くだらないことでも喋っているんだろう、時々あがる笑い声がなんとなく腹立たしい。笑ってる場合か。

おぉい!

苛立ち紛れに叫べばすぐさま、荒北遅い!と唇を尖らせながら岡本が駆け寄ってきた。焚き火に当たったせいか、鼻も頬も赤かったが目ばかりは寒さのせいではないだろう。充血した目と、その周りが少し腫れていた。

「荒北遅い!早く来いって言ったのに」
「うるっせ!っていうかなんだお前らあのショッボイ火はァ」
「荒北来るの待っててあげたんじゃん」
「いいっつの。早く芋焼けよ」
「なにそれ!荒北のバカ!」

新開ー!荒北が早く芋焼けって言ってる!憤慨した、とばかりに岡本が叫べば新開も悪ノリして、靖友の芋小さいのにしとくわー!と手を上げる。おいバカやめろ。なにやら袋をゴソゴソと探る新開にしょうがないと小さく舌打ちをすれば、岡本が声をあげて笑っていた。それはどこか安心したような笑顔だった。くしゃりと皺のよった目元が赤い。やっぱりコイツは泣いたのか。静かに一人で泣くなんて、こいつにもできたのか。

「なあ」
「んー?」

いつもは、声をかければすぐさまこちらを見上げるのに。不思議そうに瞬かれるふたつの目は、頑なに新開を見つめたままだ。震える睫毛に日の光が透けている。睫毛なげぇ。知らなかった。

「大丈夫か」

返答はなかった。ただただ新開を見つめる横顔は無表情で、堪えているというよりは、なにか言葉を探しているようだった。ゆっくりと瞼が下に落ちる。化粧っ気のない薄い瞼が持ちあがれば、赤くなった目になみなみと涙が溜まっていた。落ちないのが不思議なくらいに。

「わかんない。だいぶ落ち着いたけど」
「んな泣くの我慢してるヤツに言われたって説得力ねぇよ」
「だって荒北が心配なんかするから」

バカなのに変なとこ鋭いんだから、やっぱり荒北なんか呼ばなきゃよかった。だんだんと震え始める声に比例して、涙もじわりじわりとかさを増す。ふるふると揺れる涙は少しの衝撃でも落ちてしまいそうで。涙を堪えている顔は不細工で、こんな顔するくるいならいっそ泣けばいいのに。女ってのはわからない。

「荒北はわたしのことなんか鼻で笑っていっしょに騒げばいいのに、心配なんかするから」

なんだそりゃ。俺のことどういう目で見てたんだコイツ。そんなことしねぇよ。そう言った瞬間、勢いよく目が閉じられる。なみなみと溜まった瞼が一気に頬を滑り落ち、服やら地面やらに吸収されていく。うう、と唸るような声を出して歯を食いしばるように泣くのがコイツの泣き方か。酷く不細工だ。ただ、柔らかく光を返す岡本の涙だけは綺麗だと思った。

あー、靖友が泣かした!
泣いている岡本に気付いたのか、新開が焚き火をほっぽり出してこちらへ駆け寄ってくる。どこか安心したような、咎めるような視線に肩を竦めれば、なかなか気使ってたのか騒ぐだけでさ。キチンと泣いたら岡本もスッキリするだろ。と耳打ちされた。

「うわっ、岡本その顔酷すぎるぞ」
「う、うるっさい、ひどく、ない」
「酷いって。なあ、靖友?」

うう、うう、と歯を食いしばって呻く女の顔が酷くないわけないだろう。なんとなく新開の意図がわかってしまって、めんどくせぇな、とため息を吐く。本当に手のかかる女だ。めんどくせぇし、騒がしいし、泣くのだって一苦労だし、その泣き方だって不細工だ。めんどくせぇ女だな、ほんと。

「お前なぁ、そんっな不細工な顔で変に泣くより、大声で泣きゃぁいいじゃねーか。泣き方も知らねーのか岡本チャンは」

視界の端に、新開のバキュンポーズが見える。クソムカつく。今度あいつのパワーバー折ってやる。
呻くのを止めて、ぎゅうっと強く目を瞑った岡本は決心したように勢い良く泣き声をあげる。うわああ、うわああと叫ぶその顔も、美しさとは程遠いものだったがさっきよりは百倍マシだ。
よしよし、新開がこねるようにして岡本の頭を撫でる。細い首は抵抗することなく、グルングルンと回っている。助けを求めるように伸ばされた腕は、白く細かった。

さっきよりは幾分かしっかりとした煙が空に上っていく。大丈夫だ、きっと灰も残らないように燃やしてやるから。







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