彼女の冬眠

「はあ?」
北風吹きすさぶ公園で上げた声に、驚く人物は誰一人としていなかった。凍結防止のためだろう、止められた噴水の周りを鳩が数羽自身の羽に顔を突っ込んで暖をとっている。くそ、オレだって寒い。
もう一度、携帯に目を落とす。そこには、こんな季節に公園を待ち合わせ場所にした、少し頭の弱い彼女からの簡潔な連絡が届いていた。ごめん、今日行けない。と、たったそれだけ。顔文字も絵文字もなにもない、理由すら書いていないメールを何度も何度も読み返す。読み返したところで何か追加されるわけではないのだけど。くだらない理由だったら怒鳴ってやるショ、そう思い立って彼女に電話をかける。髪の下にそっと携帯を差し込むと、冷え切った硝子面が耳を痺れさせた。コールが三回。もしもし、と電話に出た声は掠れるでもなく鼻声でもなく、驚くほどふつうだった。

「おっまえ、常識ってもんを知らなすぎるっショ」
「ええ、祐介に常識とか言われたくない」
「ドタキャンの理由なんだよ」
「部屋で温度計見たらあまりの寒さにこわくなって」

今日寒いよね、ともっともらしく声を潜めるチサに怒りが湧く。何がおかしいんだ、こっちはこんな寒い中これまた寒さ極立つ場所でお前を待っていたんだぞ。お前は温度計を見ただけで外に出てすらいないだろう。あまり細かいことをいうかっこ悪い男にはなりたくなかったが、鳩も不満げにクルクルと鳴いている。そう、鳩も鳴くほど寒いのだ。詳細は知らないが。

「ふざけんなショ!だいたいお前が団子食べに行きたいからってこの場所待ち合わせに決めたんだろ、ていうか、なんで公園なんだよ?!この時期なら駅とか喫茶店いろいろあるだろ!」

はあ、吐き出した息が真っ白い。電話の向こうの彼女は、びっくりしたのか反省したのか、たぶん前者だと思うが少ししおらしく、ごめん、と謝ったのでだいぶこころが落ち着いた。そ、そんなに大変だとは思わなくて、いや、ええと。慌て出した彼女にもう怒ってないから落ち着け、というと安心したようにほっと息を吐いた。

「ごめん、団子屋そこから近いからさ。ちょうどいいと思って」
「ていうか、今日どうすんだよ。来るか?」
「えええ」
「なんだよ」
「すごい寒いんでしょ?」
「すごい寒いな」
「行かない。ごめん」

やっぱり。はああ、大きくため息を吐けば、すぐに北風が攫っていく。吸い戻さないと幸せ逃げるよ、と忠告してくれた彼女に、もう遅いと心の中で呟いた。

「あのさ、うちおいでよ」

お前んち?確かチサは実家住まいだった、と一瞬のうちに導き出して心持ちしらけながら鳩を見る。相変わらず羽毛に顔を突っ込んでクルクルと喉を鳴らしている。あー寒ィ。帰ろうかな。いや、でもここまで出てきてただ帰るのもおもしろくないし。馴染みのショップでも行くか、とチサに断りを入れようとした時耳を震わす一言。

「今日うち誰もいないし遠慮しなくていい」

あったかいしアイスあるよ、という誘いに被せるようにして行くショ、と答えたのはしょうがない。俺だって男なんだし。しょうがない。大して気にした様子もないチサは、ただ無邪気にわあいと電話の向こうで喜んでいた。じゃあお団子買ってきて、という言葉に、なんとなく良いように使われているような気がしなくもなかったが。






みたらし団子と餡子の団子が入った袋をガサガサと鳴らしながら、チサの家のインターホンを鳴らす。少し指が震えたのは寒いからであって、決して他意があったわけではない。頼まれたものとはいえ、団子片手に彼女の家へ行くのがなんとなくとても間抜けに思えた。
家の奥からパタパタと足音が聞こえたと思ったら、ガチャリと鍵のあく音がする。扉越しに、入っていいよと間延びしたチサの声がした。これがもし俺じゃなかったらどうするつもりなんだ。あまりの不用心さに呆れながらも、お邪魔します、と扉を開けた瞬間思わず閉めた。

な、なんだ?!
別にチサが裸で出てきたとかそういうことではない。隙間から一瞬見えたチサは、半袖半パンだったがきちんと服は着ていた。ただ、流れ出てくる空気が驚くほどに暑かったのだ。この家だけ熱帯か?

おそるおそる扉をあけると、目をまんまるくしたチサが、なんで閉めたの?と首を傾げていた。いないや、こっちが首を傾げたい。入りなよ、と促されるまま玄関に足を踏み入れると、まるで夏のような暖かさに身を包まれる。極寒から常夏へ。ついていけずボンヤリとする頭でチサの生白い足が嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるのを見ていた。

「今日お母さんたちいないんだ!だから家全部あったかくしようと思って。いいでしょ」

そうか。この稼働音は全部暖房なのか。地球の敵ショ。キョロ、と家を見渡すたびに鬱陶しく絡みつく温風。顔を顰めながら何度設定なのか聞くと、今まで一度も設定したことのないような温度が彼女の口から告げられて叫んだ。

「バカっショ!」
「ええ、たまには良くない?」

ねえ、上がってよ。お団子食べようよ。ツイ、と服の裾を引っ張られた。眼差しは完璧に団子に向けられているにも拘らず、そのあどけなさに喉がつまる。早く早く、とトントン踏み鳴らされる足は白く滑らかそうで。

鳴りそうな喉を誤魔化すように、小さく舌打ちをして靴を脱いだ。どうやらいたくこの状況が気に入ってるんだろうチサは、急かすように服を引っ張る。おい、皺になるショ。

「このまま春まで祐介とここにいたいな」

寒いの嫌だし。少し照れたように笑う彼女は、お茶いれてくるね、と奥へと消えていく。暫く見ていなかった体のラインがやけに目に残る。こんな暑い家、春になったって気付きゃしねえよ。心の中で呟いた言葉は熱に浮かされたようにふわふわとういていた。







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