冬ごもり計画

「チサちゃん、太った?」

薄白い息とともに吐き出されたその言葉にピシリとからだが固まった。コテンと首を傾げて無遠慮にわたしの全体を見た後、あ〜やっぱり!と嬉しそうに真波が笑い出す。きっと、当たった嬉しい!と思って喜んでいるんだろうがわたしは全く喜べない。当たっているぶん喜べない。なんとか誤魔化さなければ、と脳をフル回転させている間にも、そうだと思ったんだあ、と呑気に追い打ちをかけてくる真波が腹立たしい。蹴ってやろうか、と意気込んだものの真波の細長い脚、スラリと伸びた背中、引き締まっていそうなお尻を目の当たりにして戦意喪失した。

「ふ、太ってないですー冬服になったから膨れてみえるんですー」

ええ、うっそだあ!私の半歩先を歩いていた真波が驚いて振り返る。訝しむようにもう一度わたしの全体を見回して、やっぱり自分が正しいと確信したらしい。やっぱり太ったって、と腹が立つほどあっけらかんと言い放った。普段は驚くほど適当なのになんでこういうときだけ!

「ち、違う。これは、あれ。制服の下にたくさん着てる」
「そんなに寒くないじゃん」
「寒い。もう息が白い」
「それ、朝だからだよ。今日昼あったかいんだよ、知らないの?」
「し、知らないよ!寒いの!わたしはもう寒いの!」

ギっと睨みつけると、あまりの剣幕に少したじろいだらしい。そんなに怒らなくても、と後じさる。踏みつけられた落ち葉はもうすっかり色濃くなって、じきに冬がくることを予感させた。

「もうすぐ秋も終わりだし、すぐ寒くなるよ」

頭上に張り出した木の枝に手を伸ばす。綺麗に色付いた葉っぱがいちまい、ひらひらとそよいでいた。

「雪降ったら今年こそかまくらつくろーよ」

どうやら私が怒ってない、とわかった真波はあからさまに安堵して私と同じように手を伸ばす。軽々とわたしを追い越して行った手は、無粋に葉っぱをもぎ取った。はい、どーぞ。なんの感慨もなく、葉っぱをわたしの前に差し出す真波に苦笑する。ありがとう、と受け取れば少し照れたようにはにかんだ。

「雪、たくさん降るかなあ」
「かまくらつくろー」
「ええ、やだよ。疲れそう」
「痩せると思うよ」
「だ、だから着膨れだって言ってる」

ほんとー?悪戯っ子のようにニヤニヤし出す真波を、さっきもっと怒っておけばよかった。まさか蒸し返してくるとは。いつもは、言ったことなんて三歩あるいたら忘れるのに、ほんとになんでこういうことだけ覚えてるんだろう。嫌になる。葉っぱを真波に向かって投げ付けたが、てんで検討ハズレのところにふわりと落ちていった。なんだか、葉っぱにまでからかわれた気分。

「チサちゃんがほんとのこと言わないから」

しつこい。さすがに頭にきて、真波の背中を叩いた。腹立つ、やっぱり固い。余分な肉なんてどにもない。痛いなあ、と言いつつ楽しそうに笑う真波をもう一度叩いたが、わたしの手がジリジリと痺れただけだった。

「ねえチサちゃん」
「なに」

これ以上ない、というくらい不機嫌に言ったはずなのに真波は歯牙にもかけた様子はない。

「かまくらつくったらさあ」
「まだ言ってるの?作らないって言ったじゃん」
「俺が作るの。で、つくったらさ」
「はいはい」

ちゃんと聞いて、ともういいから、と振っていた手首を掴まれる。突然のことに驚いて引っ込めようとしたがびくともしない。真波の手はわたしの手首を余裕で一周していて、親指と中指がくっついていた。

「中でいっしょに冬ごもりしよ!」

手首を掴んでいた手がするりと滑ってわたしの手を包む。子どものように暖かそうだと思っていた手は意外にもそんなことはなくて。触れあっている掌部分だけがじんわりと灯るようにあたたかいだけだった。真波の手の熱がわたしの手にも移る。手どころか、首も顔も耳にも。

「ふ、冬ごもりって」
「きっと楽しいよ!かまくらでご飯食べてさあ、近くで遊んで、疲れたら中で寝るの」

雪の降ってない日は坂行くからついてきて。ねっ!と今日一番の笑顔を向けられた頃には、わたしの手はすっかりと熱くなっていた。真波もそれに気付いたのか、チサちゃんの手、あったかいね、なんて酷く鈍いことを言っている。いったいなんなの冬ごもりって。どこからきた発想なんだか。食べて遊んで寝て坂行くなんて、いつもの生活と全然違わないし。

「だからさあ、チサちゃんは、もうちょっと太ったっていいよ」
「ええ、なんで。ていうか、またそれ?」
「冬ごもりって体力使いそうじゃん。クマってさー、冬ごもりする前にたくさん食べるんでしょ?」

物知り顔でそんなことを言い出すから、理解できた瞬間手の熱も顔の熱も全部忘れて思いっきり吹き出してしまった。

「えっなんで笑うの?」

理解できない!というように、目をまんまるくする真波。ねえ、とどこか焦った声がさらにわたしを笑わせる。太ったという彼女を慰めるのにクマ、だとか。クマは冬眠するからいっぱい食べなきゃいけないだけ、とか。わたしたちは遊んで食べてるだけだから痩せないよ、とか。そういう言葉がさっきの物知り顔とともにぐるぐると脳を巡る。

笑いすぎてついにしゃがみこんだ私に、引っ張られるようにして真波もしゃがむ。もー、と困惑した表情を浮かべながら、どうしたものかというように浅くため息をつかれた。ため息つきたいのはこっちだ。散々太った太ったと言われて、慰められたと思ったら例えがクマだなんて。本当に、鈍い。デリカシーとか、繊細さとか、情緒とか、風流とか、そういうものお母さんのお腹に忘れてきたんだ。きっと。

でも、一つだけ確かなことがある。

「真波とさあ」
「ねえ、いきなりしゃがみこんでなんなの」
「真波と冬ごもり、すごく楽しそうだよね」

朝から晩まで笑いっぱなしだね。小さなかまくらでぷくぷくとした私を真波が笑って、私は怒るんだけど確かに太ったしなって気付いて笑って、お腹減ったねってご飯食べて笑って。そんなの、楽しいに決まってる。

同じ光景を思い描いたのかどうかは知らないが、うん。たのしーよ、絶対。と握り直された手を風が撫でる。冷たい風。きっともうすぐ、冬だ。







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