マネージャー荒北

荒北って寝るんだ

広げられたプリントの上に突っ伏して寝てる荒北を見たときの感想は、たったそれだけの単純なものだった。いや、荒北でもそりゃあ寝るんだろうけど、寝るところは絶対に見られたくなさそうというか。放課後とはいえ誰が来るかわからない教室なんかでは、寝られないたちだと思ってた。意外。もしかしてこれ、てめぇ見たなァ?!ってあとから追いかけられたりするのかな?そっと教室に足を踏み入れる。夕闇の中で、白いプリントだけが妙に浮いていた。

起こさないよう近寄ると、足元にも二枚、プリントが落ちていた。拾ったプリントはどうやら古文の課題のようで、案の定というか、空欄が酷く目立つものだった。唯一殴り書きのように書かれた解答は間違っていた。そういえば以前「古文なんて普段使わねぇだろ」ってブツブツ言ってた気がする。まあ荒北が古文好きだなんて到底思えないけど。やっぱり苦手なんだ。

「覚えればいいだけなのに、馬鹿だなあ」

上下する肩にそう呟いても睨まれないし、叩かれない。怖いから睨まないで!痛いから叩くのやめて!そう何度も言い続けてきたのだが、いざ無反応を返されるとなんだか調子が狂う。
はやく起こそう。緩やかに上下を繰り返す肩を叩いてやると、数秒息が止まったような静寂ののち、緩慢な動作でもって荒北が顔を上げた。いつもは獣かと思うくらいに鋭い目をしているが、さすがの荒北も人の子だった。ぼんやりとした表情で数度瞬きを繰り返し、舌足らずに「なにィ?」とわたしに聞いた。いつもの荒北らしからぬ態度に思わず笑ってしまったけど、怒るどころか鬱陶しそうな顔すらしない。やっぱりこんなの、調子が狂うだけだなあ。

「ねえ、起きなよ。もうすぐ夜だよ」

荒北の前の席に座りながらそう言えば、起きただろ、と感情のこもらない声でそう返された。

「頭も早く起こして」
「うるせ。起きてる」

拗ねた子供のように要領の悪い会話。くしゃくしゃになったプリントを直すわけでもなく、荒北はただ空欄だらけの課題を眺めているだけだった。下に落ちていた二枚を目の前に差し出してやる。落ちてたよ、あと答え違ってる。そう言えば、酷く忌々しそうに舌打ちをされた。

「古文なんて覚えればいいじゃん。荒北頭良いのに馬鹿だよね」
「うっせ、物理6点に言われたくねェ」
「去年の話でしょ!」

どうやら少しだけ目が覚めたんだろう。物理で6点なんてどーやってとるんだか教えてほしいぜ、
とニヤニヤと笑い出す。

「こんな簡単な課題空欄だらけの人に言われたくないですう」
「俺ァテストで赤点なんてとったことねぇ」

そう、そうなのだ。荒北は妙に要領がいいのだ。苦手な教科がいくつかあるのは知ってるが、こいつが赤点をとって補習や再試を受けてるところはいままでに見たことがない。

「じゃ、じゃあふだんから真面目にやってくださいー」
「じゃあ真面目に物理受けてる岡本チャンはテストでいい点とって下さいー」

キイイイイイ!と叫べるものなら叫びたい。ああ言えばこう言う。これだから荒北は!
ほんとうは、今日、部活があった。部活に行く前荒北はきちんと福富に断っていたのだが、すぐ行ける、と言った荒北がいつまでたっても来ない。さすがに暗くなってきたし、そのまま帰っていいから、ということでわたしが荒北の様子を見に来たのだ。福富がやたら心配そうな顔してるからわたしも心配してたのに、普段と全然変わりないようで心配して損したとはまさにこのこと。

乱暴に二枚のプリントを机に置いて、わたしもう帰る、と言うと、怒っていることにさして驚いてもいない声音で、おお、とだけ返された。わたしのこころは大荒れだったが、耳はまだ荒北を心配しているようだった。教室の扉へ行くまでの短い間、荒北が帰る支度をするなり何かからかいをわたしに返してくることを期待していた。
扉に手をかけても、荒北からなんの物音もしない。

「荒北、帰んないの?」

できるだけ心配なんかしてないように言おうと心がけたからか、まだ怒ってるようなキツい口調。誤魔化すように、ほんとはそんなに怒ってないんだよ、と示すように荒北のほうへ振り返る。まだプリントを眺めたままの荒北のほうへ。

「帰らないの?」

もう一度繰り返したその言葉に、荒北は珍しく何か言い淀むように言葉を口の中で弄ぶ。あー、だとか、だからよ、だとか意味をなさない言葉がぽつぽつと聞こえるばかりだ。はっきり言いなよ、と促すとそっぽを向いて吐き出すように呟いた。

「だからっ、今日部活サボっちまってよォ、フクちゃんなんて言ってたんだよ」

夕闇に紛れたその言葉は、僅かの動揺と多分な照れで構成されていた。絶対に荒北の顔も赤いに違いない。暗いから言えたことなんだろうなあ、と思うとからかうことなどできなかった。親の機嫌を気にする純真な子供のようで、それがなんとなく荒北に似合っているような気がした。

「ええ、特になんにも。でも、時間遅くなるにつれて心配してた」
「心配ィ?フクちゃんが?」
「うん。そりゃあ、普通に心配するでしょ。だってすぐ行けるって言ってたのに来ないんだもん。わたしだって心配だったし、東堂たちも心配してたよ」

警察呼ぶ!って騒いでたよ、とあの剣幕を思い出して苦笑しながら伝えると、わたし同様、荒北も呆れたように笑った。大袈裟だな、と言った声はもうすっかりもとどおりだった。

「今日は荒北もう帰っていいって。だから、帰ろ」

ようやく机の上を片付け始めた荒北はジロリとこっちを睨んで、口を開いてまた閉じた。まだ何か気にしてるのかな?と思い今日の部活中の福富を思い浮かべるが特に何も浮かばない。他に荒北が何か気にする要素あったかな。
考えていると、小さな舌打ちののち、心配かけちまったしな、と悔しそうに呟くのが聞こえた。

「送ってやる」

ぐしゃぐしゃとプリントを無造作にカバンへ突っ込んで、荒北はわたしを睨む。え、と思っているうちに荒北は立ち上がって、早く行くぞとわたしの前を歩き出す。

「え、ふもとまで来てくれるの?」

猫背の背中から盛大な舌打ちが聞こえた。それを肯定ととって、慌てて荒北の背中を追いかける。

「荒北やさしい」

からかってそう言えば前を向いたまま、俺が送ってやるんだから次の物理はお前、90点とれよなァとまったく関係ないことを言い出す。照れてんのと聞けば、うっせ、なんて照れたような声で言ってたけど。








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