マネージャー 帰る

戸締り確認をして、最後まで残ってくれたいつものメンバーにお礼を言って帰路へつく。荒北、新開、福富、東堂、そして今日は遅れて戻ってきたため最後まで残った真波くんとダラダラと校門を目指す。今日の練習も辛かった、とか、明日は雨になりそうで嫌だ、とか、他愛もない話をポツポツとしながら、暗がりに目立ち始めたふもとの灯りをながめる。
意識の外で、東堂が巻ちゃんの話をしているのをなんとなく聞いていた。「巻ちゃんがな、料理をしてみたらしいんだがこれまた前衛的でな!ああ、そういえば写メを送ってきていたぞ、見てくれ!」料理か、今日のうちのご飯なんだろうな。学食で焼き魚食べたからお肉が食べたい。カツ丼とお味噌汁、いいなあ。





「そういやあ岡本チャン、どっちだっけ?」

正門を出て、T字路に差し掛かったとき、いきなり荒北に話をふられた。ぼんやりして何も聞いていなかったので非常に焦る。どっち?どっちって何が?ご飯のはなし?今日の学食どっち食べたかっていうこと?

「え、え?なにが?今日は焼き魚定食食べたけど」

すぐさまいかにも残念だ、というようなため息が聞こえたので、ムッとしながら出処を探すと、心配するような顔をした東堂がわたしのほうを見ていた。

「話を聞いていないのはまあしょうがないとしてだな、どっちだと聞かれて真っ先にご飯の話と結びつけるのは女子として如何かと思うぞ!」
「東堂こそ、女子女子うるさい!あのね、言っとくけど、東堂絶対モテないから」
「な、ファンクラブまである俺にモテないなど何を」
「えっ、でも尽八って彼女いたか?」
「ぐ、そ、それはだな」
「東堂先輩、彼女いないんですか?」
「ま、真波うるさいぞ!」

やーいざまあみろ、と東堂に向かって舌を出すと震える人差し指をビシッと私に向け「お、俺のことはいい!それよりも俺はお前を心配しているのだ!花の女子高校生が重いダンベルを軽々持ち上げたり悩み事と言えば夕飯のことだったり、あまりに寂しいではないか!」と、大変お節介極まりないことを言い出した。ほんとそれ余計なお世話、東堂やっぱり絶対モテそうにない。言い返す私と、口々に好き放題言い始める新開と真波の声を「あーーッ、うるっせェ!」と荒北の吠え声が覆った。これも、昔は大変ビビっていたのだが今はビビるどころか、荒北だってうるさいと心の中で呟くほどになった。口にはだせないけど。

「お前らうるっせェ!ちげーよ、俺はお前がこっからどうやって帰んのか聞いてンだよ!!」
「んん、どうやってって?ふつうに歩いて帰るけど」

寮に続く道の隣を指差して荒北を見上げると、どこか不満そうな顔をしているので首を傾げて理由を待つ。もしかしてもう暗くなってきているのを心配してくれてるんだろうか?暗いといっても、街灯が灯り出したところだ。一人で歩いたことはないが、いつもだったら今日はお休みのマネージャーちゃんとふたり一緒に帰っている。今まで特に危ないこともなかった。迷っているような声で唸る荒北に「あの、まだ夜中ってわけじゃないし大丈夫だよ。一人で帰れるから」とやんわり断ると荒北の後ろで、合点がいった!とばかりに顔を見合わせる新開、東堂、真波の三人が見えた。はなから、わたしが一人で帰ると危ないかもという考えがなかったように思える。荒北の爪の垢を煎じて飲ませたい。

「バァカ、お前一応女なんだからよ、危ねえだろ」

照れを含んだその声にどうしようもなくキュンとした。荒北のことをかっこいいかっこいいと騒ぐ女の子たちに今まで散々疑問を投げかけてきたが、彼女たちは正しかったのだ。照れが伝染したのか、普段女扱いされないことに慣れ切っていたからなのか、せり上がってくる熱が声にまで乗らないようにするのがとても骨折れた。

「だ、大丈夫だよ!わたしあんまり女ってかんじでもないし!可愛くもないから大丈夫だよ!」

早口になってしまった。あれだけ気遣ったのに声は照れを存分に含んでいたみたいで、新開と東堂の顔が下世話ににやけるのを睨みつけた。とばっちりでにらまれた真波くんが、勢いよく首を傾げて新開たちに睨まれた理由を聞こうとしている。まずい、事態がさらにしっちゃかめっちゃかになる予感しかしない。いやらしく口元を吊り上げた新開が真波の耳に顔を寄せたとき、今まで傍観に徹していた福富が口を開いた。

「何を言っている。岡本はれっきとした女性だし、じゅうぶん魅力的だ。危ないに決まっているだろう」

俺が送って行こう、と歩き始めた福富が何を言ったのか、何をしようとしているのかわからない。目を丸くしている東堂、新開、真波くんに口をポカンとあけて福富を見る荒北。私だけではなくみんなわかってない。え、福富一緒の道?あれ?福富って寮じゃなかったっけ?今日は下山するの?果てしない数の疑問符を浮かべそこから一歩も動けずにいるわたしを福富が振り返り、「帰らないのか?」と当然のようにわたしの名前を呼ぶ。覚束ない声で「かえる」とだけ言い、ふらふらと福富の後ろにつこうという瞬間荒北がハッとしたように弾かれ「俺もいく!」と吠えた。

「福ちゃんだけに送らせるわけにもいかねーしなァ。岡本チャァン、福ちゃんがわざわざ送ってやるってんだ、言うことあるんじゃねーのか?」
「え、あ、福富、ありがとう!」
「いいんだ。心配だしな」
「荒北もありがとう!」
「うっせ、俺はいいんだよ」

じゃあオレら岡本チャン送ってくから、と後ろに向かってヒラヒラと手を振る荒北に後ろからギャンギャンと三人が噛み付いてきた。ドタドタと騒々しくわたしの周りを囲む。

「いやいや、この東堂尽八が行かんでどうする!俺も行くぞ、フク!」
「俺だって本当はチサ心配してたって。もちろん俺も行くよ」
「じゃあオレも行きます!」
「ええ、そんなにたくさんいいよ!明日も朝練あるんだから、あと、真波くんはわたしと道違うでしょ」
「こっちからも帰れるんで大丈夫です!さ、帰りましょ」

隣でニッコリ笑った真波くん、わたしと真波くんの前を、いつものように喋り始めた東堂と新開、先頭を歩く福富と荒北。なんだかんだと言って全員ついて来てくれるのだから本当にわたしは仲間というものに恵まれている。嬉しくなって、「みんなありがとう」と先頭にも聞こえるよう言えば、照れ隠しだったりからかいだったりを口々に返された。そんな中、チサさん、と真波くんが私を呼ぶ。満たされた気持ちににやけた頬もそのままで、真波くんを見ればとても優しい表情をしていた。どうしたの?と聞けば、わたしを労わるような声で「もう生理は治ったんですか?」というとんでもない爆弾を落としてきた。全員の時が止まった気がした。

「おんなのひとって、生理のとき怒るんでしょう?保健で聞きました。チサさん、さっきはすごく怒ってたのに今すごく幸せそうだったから…治って良かったですね!」

無邪気に言い放たれたその言葉はどうしようもなく全員の雰囲気をぎこちなくさせわたしの顔を沸騰させた。新開と東堂は喋るのをピタリと止め、荒北と福富は無言であらぬ方向を向き、わたしは恥ずかしさでついに滲み始めた涙をこらえるために俯き誰よりも黙々と歩いた。全員黙ってしまったことに疑問を感じた真波が「え、みんなどうしたんですか?チサさん、俺、なんかした?」とふもとにつくまでたずねてきたので、これからは絶対に女友達を捕まえて帰ろうと固く心に誓った。







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